第113話 国境検問所

 快適で平穏な旅は続き、国境検問所と思われる建物が遠くに見えてきた。

 しかし、俺の想像していたものとはかけ離れた姿に戸惑いを隠せない。


 外観からは、大きめの集落を連想した。

 旅に出る前に聞いた情報では、両替と簡易的な休息が取れる場所らしいが、実際この目にしてみると随分と違った印象を受けた。


 国境を越えてから教えてもらったが、どうやらこの世界では国境線をがっつりと壁で囲うようなことはしないのが一般的らしい。

 範囲が広く、人員の配置や維持するのも大変だから分からなくはないが、街門守護任務に就いてる憲兵が必ず常駐している理由にも繋がるんだろうな。


 ただし、例外もあるようだ。

 悪名高い"ゼイルストラ帝国"だな。

 強固な石壁で囲われた要塞にも思えるらしいから、できるだけ関わらないようにしたい。


 ……すでに一戦交えたと思ってもいいかもしれないが、それでもあんな最悪の一手をためらいもなく実行しようとする連中と接点を持ちたくはないからな。

 もうすぐこの国を離れるし、さすがに追ってこないとは思いたいが……。



 周囲には穏やかな平原が広がり、魔物にも多少の変化はあれど、これといった違いは見られなかった。

 しいて言えばワイルドキャットやハングリードッグ、ファストフォックスなどを時たま見かけるようになったが、そのどれもが名前負けした魔物だと学んでいる。


 ディアやボアに比べると大きさも感じさせず、身体能力も相当低い。

 犬や猫、狐の魔物が増えた程度で、強さとしては耐久力と突進力に優れたボアに蹴散らされるらしいから、旅の安全を脅かすほどではなさそうだ。


 実際に戦ってみないと何とも言えないが、恐らくはホーンラビット以上ディア以下といったところだろうか。

 真面目に修練を積んだ者であれば、商人だろうと旅人だろうと問題なく撃退できる程度の魔物だと思えた。


 特にファストフォックスは"速い"のではなく、"すばしっこい"ところから付けられた名称で、反応速度が増しているわけでもない相手に後れを取るような冒険者が乗合馬車の護衛に就くこともないのだと、ダニエルは笑いながら話していた。


 それも当然かと思えてしまうが、多少生態系が違うだけで街道沿いに強い魔物が来ることはまずないのだとか。


 つまるところ、"ティーケリ"が異質すぎたってことだろうな。

 街道で遭遇した時点で明らかに異常事態だったのは間違いなさそうだ。


 そんなレアケースに遭遇した運のなさにへこみながら、俺はこれまでのことを考えていた。


 パルムで起きた盗賊の一件もそうだった。

 まず起こりえないことが連続して起こっている。

 これを偶然と思うのは、正直なところ難しい。


 そういった星の下に呼ばれたのか、それとも俺が厄介事を呼び寄せているのかは考えたくもないことだが、それでも今後同じような危機的状況に出くわすようならサウルさんたちと真剣に話し合ったほうがいいかもしれないな。


 ……俺の考えすぎならいいんだけどな。



 *  *   



 順調に旅を続けられたこともあって、予定通りの時刻に到着した。

 これはひとえに馬を操る御者のサロモさんの技術によるものだ。


 特にパルム、ヴァレニウス間は距離も長く、素人が闇雲に馬車を歩かせていれば危険な状況に陥りやすい場所となっているらしい。

 ゲームやアニメでは主人公が馬車を手に入れ、仲間たち数人と冒険している話も多いが、旅ってのはそう単純な話でもないのだと改めて知った気がした。


 無限に水が湧く袋とか、攻撃以外の用途にも使える水魔法を所持していれば対処できるかもしれないが。



 検問所に来ると、ラウヴォラ王国の騎士とは違う色合いとデザインの鎧を纏った者たちが対応した。


 薄い青が入った流線形の白銀鎧は、太陽光に反射すると優しい色合いに見えた。

 腰に付けた剣もどことなく俺が持っているものに似ているようだ。

 細身で速度を重視した剣にも見えるが、隣国の騎士に正式採用されたものなんだろうか。


「ヴァレニウス行きか、サロモ」

「あぁ、そうだよ」

「……特に変わったところもなさそうだな。

 何もないところだが、ゆっくり旅の疲れを癒すといい」

「ありがとう」

「ようこそ、"ストレムブラード王国"へ」


 笑顔で迎え入れてもらえた。

 どうやら本当に穏やかな国のようだな。

 検問を置く意味は別にありそうだ。


 恐らくは犯罪者や指名手配犯の確認と、旅人の簡易的な休憩所として使われることが主なのかもしれない。


 入国審査もあってないようなものだし、通行料も原則取っていないらしい。

 となると、穏健派の多い穏やかな国と呼ばれているのも間違いではなさそうだ。

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