第112話 克服しなければならない
その日の夕食後、俺はみんなと少し離れて素振りをしていた。
もちろん疲労するような振り方ではなく、一刀一刀に鋭さを込めたものだ。
ゆっくりと剣を上段に構えて呼吸を整え、力を抜きながら真下に振り下ろし、剣を中段で止める。
たったこれだけのことだが、その意味を理解できる者はあまりいないだろうな。
「……すごい風切り音だな。
まるで本当に空気を切りつけてるみたいだ」
そう言葉をかけたのは、乗合馬車を護衛する冒険者のダニエルさんだ。
彼は今年で40らしいが、冒険者として依頼をこなすよりもサウルさんのようにギルドの専属として勤めていると話した。
こういったケースは中年冒険者に多いようだ。
年齢を重ねれば重ねるほどモチベーションが低下したり、集中力が保ち辛くなることもあるが、いちばんの理由は申請、受諾、達成、報告という一般的な冒険者としてのやり取りを面倒に思ってしまう点にあるとサウルさんも話していた。
当たり前のことに思えるシステムではあるが、頻繁に町へ報告しなければならないだけでなく、時間帯を調整しなければ長時間待たされたりと、あまり俺が想定していなかったことに対してめんどくささを感じるようになるらしい。
よくよく考えてみれば、日本では並ぶことが当たり前になっている気がした。
思えば十数分のアトラクションに乗るために3時間以上も待てる人種だからな。
それは決してせっかちなどではなく、俺の感覚がズレてるんだろうと思えた。
「いいもん見せてもらった気がする。
それだけの剣速を淀みなく振れるなら相当強いだろうな」
軽く笑いながらダニエルは言葉にしたが、正直なところ修練にもなっていないんだよな、これは。
「修練よりも気分転換の意味合いが強いよ。
これを繰り返したところで強くなれるわけでもない。
気合を入れるくらいの効果はあるだろうけど」
実際、本格的な修練をしたいと思えるが、どれだけ見晴らしのいい場所だろうとここは野外なんだから、必要以上に疲労感が溜まる行動は極力避けるべきだ。
「そういうもんなのか。
でも今の素振りを見ていると、相当綺麗な型なのが俺でも分かるよ。
まるで剣術の手本を見てるみたいな気持ちになる」
「剣術に限らず武術ってのは、目標を最短距離で打ち抜くことが重要視されてるから、似たような流派も多いはずだよ」
"一葉流"は無駄を極力削ぎ落した美しい流派だ。
その中でも、必要に応じて威力を重視した技が多い。
体内に力を循環させて身体能力を向上させる"明鏡止水"から放った技となると、その循環を重視した体捌きが主になるから、覇ノ型の"
当然、ここに大きな隙ができる。
だが凄まじい力の奔流を叩きこむような技を直撃させれば、間違いなく体が消し飛ぶ威力を持つだろう。
特に"徒花"は
相手が取る行動のすべてを無に帰す意味が込められた、高威力とすら言えない絶大な力を秘めた恐ろしい技だ。
盗賊団捕縛作戦の時、俺は"
手心を加えなければ腹から背中まで突き抜ける威力を出すと想定したことが大きな原因だが、俺が相手の強さを正確に把握できていればそれで終わっていた。
父であれば、こんなことにはならなかっただろう。
俺にはまだまだ研鑽が必要なのは分かっているが、それを理由に状況が悪化する事態となっていた可能性だって十分に考えられる以上、今後は気を引き締める必要がある。
サウルさんたちと離れてからも日課の修練は続けていた。
でも、それだけじゃ学べないことに俺は直面していると判断したほうがいい。
つまるところ、平和な国に生きていたことが異世界で弊害を及ぼしている。
当たり前ではあるが、日本では試せない技ばかりだからな、"一葉流"は。
しかし、それを言い訳にはできないのも事実だ。
俺の弱点が見えた以上、克服しなければならない。
"一葉流"は型の美しさや優美な名称から現代では誤解されがちだが、紛れもなく対象の命を消し去ることに特化した恐ろしい流派で、戦国時代から廃れずに脈々と受け継がれていることそのものが奇跡に思えるほどの圧倒的な強さがある。
歴代の師範、師範代には平和主義者が選ばれやすい傾向が強いと聞いたが、それだけで強大な力に溺れることもなく継承し続けてこられたのは本当にすごいことだと断言できるだろうな。
「おーいハルト、ダニエル。
そろそろメシができるってよ」
「あぁ、わかった。
すぐに行くよ」
抜き身の剣を鞘に仕舞い、俺は一息入れた。
改善する点も、あの戦いで明確に見えたからな。
これからはしっかりと相手を見極めなければならない。
当面はなるべく"一葉流"を使うようにしよう。
使いこなせなければ悪目立ちするのは間違いない。
手加減をしつつ、一撃で倒せるギリギリのラインを見極めよう。
「よし、行くか」
「そうだな。
……こんなにいい匂いがしてたのか」
「気付かなかったのか?
どれだけ集中してたんだよ……」
俺の言葉に呆れられながら、星が降らんばかりの夜空の下を歩いた。
焚火の明るさに集まる人たちを見ていると、心まで温まるような気持ちになる。
"そういえば、キャンプなんて子供のころ以来だな"なんて、どこか間の抜けたことを考える自分に内心で笑ってしまった。
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