第43話 いい町の条件
メインストリートを真っすぐ進むこと30分。
かなりの賑わいを見せる中央区と思われる場所に出た。
噴水を取り囲むようにベンチが置かれた、日当たりがとてもいい広場だった。
子供だけじゃなく大人たちの憩いの場所としても使われているんだろうな。
広場の周りに造られた街道こそ人の往来は激しいが、ここだけは別空間に感じられるような優しい時間が流れていた。
建物の造りやデザインは同じだが、中央は町の顔と言える場所だ。
歩く人々に影を感じただけでも居心地の悪さに繋がるからな。
それを思わせないこともいい町の条件だと俺には思えた。
特に中世ヨーロッパを色濃く連想させる美しい町並みは、感動の一言だった。
俺に限らず、日本人の多くが一度は憧れを抱いたことがあるんじゃないかと思える光景は、何度その目にしても新しい発見があった。
ガーデニングを楽しむ人や、窓辺に飾られた色とりどりの花を見ているだけでも心が洗われるようだと思えるのは、俺が殺伐とした体験をしたからなのかもしれないが。
露店商が多く建ち並び、小さな子供に買い与える大人たち。
その誰もに明るさを感じさせる楽しげな表情は、俺まで笑顔にさせてもらえた。
果物の町、"ハールス"。
総人口おそよ12000人が暮らすと言われる、大きめの町だ。
日本人からすればあまり多いようには思えない人口数だが、この世界ではそれなりに発展した町だと聞いた。
都市ともなれば行き交う人も極端に増えるから、気を付ける必要がある。
スリに遭うことはないと思いたいが、何が起こるか分からない世界だからな。
この町はその二つ名の通り、果物の栽培が盛んに行われている。
元々はハールスと名付けられた甘い果実を名物に潤っていたそうだが、ある日を境に実が育たなくなり、現在はその名前だけが残っているのだとトルサのギルドマスターであるアウリスさんは話した。
上品な甘さが際立つ最高の果物とも称されるほどの美味さだが、野生のハールスを偶然見つけるか、もしくは極々稀に
しかし、森で偶然発見した場合は必ず食べたほうがいいと言われた。
アウリスさんの言葉を借りるなら、"人生観が変わる味"らしいからな。
どれだけ美味いのか興味が湧いてくるが、そもそも手に入れるのも困難な上に果物屋で見かけても目が飛び出るほどの金額で販売されることもあって、買取も正直厳しいのが現実のようだ。
結局、入手した本人が美味しくいただくのが通例になっているのだとか。
なんとも、のんびりとした空気を感じる町だと思いながら、剣と盾が交差する看板がつけられた建物の扉を開けた。
「――ふざけんじゃねえ!!
これがたったの10万キュロだと!?
どこに目ぇつけてんだ!!」
怒号が飛び交う館内に、ざわざわと周囲の注目を集める騒がしい冒険者たちが出入口から見えた。
相当ガラの悪い5人組が、とても可愛らしい女の子のようなギルド職員に対し、受付で怒鳴り散らしていた。
だが、少女にも見える職員は臆することがないどころか、平然とした笑顔で対応する。
「その理由も、あなた方ならば十分ご理解いただけていると思いますが?
まさか"素材買取士に素材の価値を見抜ける力がない"などと、そんな子供みたいな甘い考えをお持ちではありませんよね?」
「だから言ってんだろ!!
間違いなくこいつは本物だよ!!」
満面の笑みに隠れた感情が女性職員からわずかに漏れ出た。
ぴしりと空気に亀裂が入るような鋭い"怒り"の気配。
飲食スペースにいる客のざわめきが途切れた。
……すごいな、あの女性は。
見た目こそ幼さを強く感じるが、並の冒険者が太刀打ちできるような相手じゃないのは間違いない。
恐らくは冒険者の中でも相当の使い手だろうな。
素材買取を職場に選んだ正確な理由は分からないが、こういった難癖をつける馬鹿どもに対するけん制としてギルド側が置いている人員なのかもしれない。
だが、威圧を込めない言葉が相手に影響を与えないことも俺は学んだ。
この程度で引き下がる連中なら、最初からこんな事態にはなっていない。
罵詈雑言にも思える言葉をチンピラ5人からひたすら浴びせられる職員だが、本人は至って涼しい顔で受け流していた。
しかし、それも一瞬だけだったようだ。
どうやら暴言の中に禁句が含まれていたみたいだな。
「――こんな素人のガキ相手じゃ話にならねぇ!!
いつから冒険者ギルドは保育所になったんだよ!!」
瞬間、強烈な悪感情が彼女から放たれる。
満面の笑みのままなのが却って不気味に思えるその姿に、食事をしていた客が一斉に立ちあがって勘定をテーブルに置き、小走りでギルドを退館した。
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