第44話 身のためですよ

 静寂を強く感じさせる館内。

 チンピラのような男の暴言は、女性職員を憤らせるには十分すぎたようだ。

 ぴりぴりと肌に突き刺さるような気配が抑えきれずに溢れ出ているが、残念ながら眼前の男たちがそれに気付くことはなかった。


「この見た目です。

 幼いと思われても仕方がありません。

 けれど、私なりに信条を持って仕事をしています。

 ……それを何ですか?

 言うに事欠いて"素人"ですか。

 あまり調子に乗らないほうが身のためですよ」


 威圧を込めた言葉にたじろぐ5人だが、こういった場面で引き下がるようなやつと俺は今まで出遭っていない。

 自分の利益しか考えない連中なら、それも当然なんだろうな。

 ほんの少しだけでも周りに気を配れたら、こんなことはそもそも起こらない。


「ふ、ふざけんじゃねえよ!!

 こっちも生活かかってんだ!!」

「でしたら、もっとあなたに相応しい職に就いてはどうでしょうか。

 あなた方なら王国騎士団を動かせるほどの"詐欺師"になれると思いますよ」

「じょ、冗談じゃねぇ!

 もう一度よく見てくれ!!

 こいつは間違いなく"本物"だ!

 滅茶苦茶苦労して倒したんだぞ!?」


 リーダー格とは別の男が間に入るが、俺にはその姿が情けなく思えた。

 だいたい、素材買取専門の職員が"違う"と言っているんだから『あぁそうなんだな』と思うのが当たり前で、知識も十分にない素人が文句を言うのは間違いだ。


 ましてや職員に食って掛かるような態度が気に入らない。

 ギルドに限ったことじゃなく商人にも言えることだが、"信頼"あっての仕事がどれだけ大切なのかをこいつらは微塵も分からないどころか、分ろうともしない。

 社会に出たこともない高校生のガキにだって理解できることをどのツラで語れるのか、俺が理解するのは非常に難しい言動だと思えた。


 相当の疲労感が溜まっているのは間違いなさそうだな。

 何度となく繰り返し伝えたであろう内容を、彼女は言葉にした。


「大きさは認めますが、これはただのトラ・・です。

 牙や爪の大きさと毛色、肉質の色合いからも間違いなくトラだと断言します。

 ……だと言うのに、あなた方は"ティーケリ"だと言い張り続けますが、このギルドに所属している冒険者の中でも討伐できる者が限られるのが現状です。

 そもそも、あなた方の強さでは返り討ちに遭う姿しか想像できません。

 ランクAのヴィヒトリさんが信頼を寄せる仲間たちと共闘することでようやく倒せると言われている相手を倒したなどと、もう二度と口にしないほうが身のためですよ」


 たしかにティーケリはトラを連想する姿をしてるが、その強さは明らかに違う。

 そもそも動物と定義することすらありえないほどの凶暴さを持つ。


 何よりも厄介なのは鋭い攻撃ではない。

 強靭な脚力から繰り出される並外れた持久力だ。

 世界でも相当早い馬に直接乗って走らせ続けなければ逃げきれないほどの速度を、まるで平然とした様子で長距離移動できるような印象を強く抱いた。


 あれと出遭えば逃げられない。

 それを強く感じさせる、厄介で危険な魔物だった。

 間違ってもここにいる馬鹿どもでは倒せないことは確かだ。


 ティーケリと比べれば、動物のトラなど猫だと言われても納得する。

 それほどの凶悪な魔物であったことも間違いないと、戦ってみて分かった。

 剣が通ったからこそ倒せたと言えなくもない戦いだった。


 正直、あんなのとはもう関わりたくないのが本音だ。


 倒す、倒せないの話ではない。

 そういったものとは無縁の旅をしたいと俺は思っている。


 厄介事が舞い込むのは仕方がない。

 かなり悪目立ちする一件だったことも理解してる。

 その影響をこれから受ける可能性も高い。


 ……だとしても。

 可能な限り平穏な旅を望む"わがまま"くらいは許されるはずだ。



 いくら丁寧に説明しても駄々をこね続けるガキどもに、女性職員は苛立ちながらも大人の対応をした。


「……これ以上話を続けるつもりなら、上に報告させていただきます。

 そうなればギルド職員に対しての暴言、並びに詐欺容疑でも憲兵隊に報告する義務が出ますが、これまでの対応を鑑みると"ライセンスの剥奪"も十分に考えられる悪質な行為を続けていると重ねて警告します」


 重く低い声色で現実を突きつけたことが功を奏したのか、男たちはカウンターに用意されていた報酬金を受け取り、ギルドを後にした。


 残されたのは、恐ろしいまでの静けさ。

 普段は賑わいを見せるはずの場所が、これほどまでの静寂に包まれる光景を目にできたのは、とても貴重な体験なのかもしれないな。


 職員しかいない館内を歩き、あどけなさが残る女性の受付へ俺は足を向けた。

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