第45話 間違いなく

 別室に呼ばれ、出されたお茶を口にしてから30分ほどが過ぎた頃だろうか。

 先ほど担当してくれた女性職員が高齢で低身長の男性を連れて戻ってきた。


 とても穏やかな表情をする男性だ。

 その人となりがはっきりと伝わるようにも思えた。


 対面に座る男性は一息をついてから言葉にした。


「まずは自己紹介からじゃの。

 ワシは冒険者ギルドを預かるハンネスで、横に立ってるのがカーリナじゃ。

 つまらぬところを目撃したそうじゃが、稀にあることゆえ、気にせんでほしい」

「カーリナと申します。

 先ほどはお見苦しい姿をお見せしました。

 ハールス冒険者ギルドの受付と素材買取業務を兼任しております」

「春人です。

 ご足労をおかけします」

「カーリナが食事をしてる一般人まで追っ払ってしまったようじゃが、あのまま受付で話していれば色々と目立ってしまうからの。

 案件が案件だけにあまり目立ちたくなかったのが本音じゃが、なによりも執務室に招くのではなく、こちらが出向くべきだと判断したのじゃよ。

 どうか気にしないでほしい」


 柔らかな口調と物腰はとてもギルドの長とは思えない、物静かで温厚な方だ。

 その人となりから多くの部下の信頼を集めているんだろうな。

 俺にないものをたくさん持っている方で、こうありたいと思える姿に見えた。


「さて、ワシも証明書に目を通させてもらったよ。

 それとカーリナを馬車へ派遣したことも付け加えておこう」

「間違いなく"ティーケリ"の素材であると確認しました。

 それも美品と分類していいのかも分からないほど状態が良かったです。

 ギルドマスターにその旨を伝えた上で算出した報酬金額がこちらになります」


 テーブルに置かれたトレイへ、大きな金色の硬貨が4枚と通常の金貨が8枚並べられた。

 だが、そのあまりにも高額な報酬に眉をひそめながら聞き返してしまった。


「……480万キュロは、さすがに多すぎると思うのですが……」

「そう感じる気持ちも分からなくはないが、これには色々と理由があっての」


 ちらりと視線をカーリナさんへ向け、彼女は頷きながら説明を始めた。


 そもそもティーケリは滅多に遭遇するような魔物ではない。

 森の最奥に巣を作るも、基本的に中央部まで出ることもないそうだ。

 それこそ何か異常でもなければ浅い森で遭遇したりもしないと彼女は続けた。


「ましてや街道を移動していた時に森方面からやってきたそうじゃの。

 調査を必要とする案件ではあるが、ともあれ高額の報酬は間違いではない」


 そういったレアな魔物だったことに加え、あの強さ。

 並の冒険者チームでは返り討ちに合うのが妥当と言われ、討伐には王国騎士団を派遣することでようやく勝機が見えるほどの魔物を倒したこと。

 さらには腱や首を狙った点や、丁寧に剥ぎ取ったことで高額に繋がったようだ。


 冒険者ギルドではこれ以上出すことはできないが、王都で開催されるオークションに傷の少ない毛皮を出品すれば相当の値段をつける成金がいるのだとか。

 そこに美品を登場させただけでも大きな騒動になると言われた。


 色々と突っ込みどころで溢れているが、そもそもトラの毛皮が重宝されるのは俺の世界でも同じだから、それほどおかしな話だとは思わない。

 しかし、そんなものを高額購入してどうするのかと考えてしまった。


 異世界だろうと、富と権力の象徴とでも思っているんだろうか。

 いっそのこと剥製のような頭と手足付きで敷物にすれば、物好きが天文学的な金額で買ってくれるんじゃないかと馬鹿な発想が頭をよぎった。


 ……ともかく、完全な状態で仕留めることは非常に難しい相手で、毛皮はそこまでの値段を付けられないのが相場だった。


 しかしここにきて、傷が見当たらない毛皮が舞い込んだ。

 ともなれば話は別で、カーリナさんはその状態の良さを前に呆然としたそうだ。


「……私も素材鑑定を長らく勤めていますが、これほどの美品を見たことがありません。

 一級品の毛皮として、買い取り許可申請をマスターにさせていただきました。

 牙や爪と尾は通常価格となりますが、それでも本来であれば粗悪品となる毛皮が一番安く、美味しい肉が高級品として重宝されていることも鑑みればいちばんの高額になるのですが、ハルト様のお持ちくださった毛皮はまるで生きているままにも思えるほど美しく、買取金額も100万キュロとなっています」


 毛皮1枚でも驚くべき金額だが、ティーケリ素材は肉にこそあると言われる。

 それも納得できるほどの美味さを俺自身が体験している以上は高額になるのも想定していたが、まさか100グラム1000円相当になるとは思っていなかった。

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