第46話 良い部分と悪い部分

 当然、部位によって肉の値段が大きく変動することは分かる。

 だがさすがに高級牛肉並の値段を提示されると思うところがある。

 同時にあの味ならばと納得する自分もいて、複雑な心境だった。


「ハルト殿の言いたいことも分かるがの、高額と思っている金額に"討伐報酬"は含まれないんじゃよ」


 ……衝撃的な話が、穏やかな方から告げられた。


 480万がとても少ないとは思えないが、よくよく考えてみれば納得できた。

 要するに"総取り"したからこその高額報酬であって、本来ならば討伐に参加した人数で均等に分けられるのが一般的だ。

 ましてや突発的に遭遇した害獣を駆除した程度の話では収まらない強さのティーケリを討伐したんだから、高額報酬になってもおかしくはないのか。


 それに討伐報酬が含まれない理由も、ようやく理解できた。


「……討伐依頼書を発行すれば、間違いなく高額になる。

 そうなれば実力の伴わない冒険者が多額の報酬金に目がくらみ返り討ちになりかねないのだから、ギルド側はあくまでも討伐に対しては支払わない立場を強調する必要がある。

 ギルドが冒険者を集めて依頼する以外は、ティーケリのような魔物と戦わせないための措置でもあるのか。

 あれだけの速度と持久力は通常の魔物とは一線を画すものがあったし、たとえ世界最速の馬を用意しても乗合馬車で逃げ切れるとは思えない。

 中途半端につつけば町まで引き寄せる可能性も出てくるのだから、未熟な者に関わらせないよう計らうことが賢明か……」


 金に目がくらんだ馬鹿どもが、町まで引っ張ってきた事例があるんだな。

 おそらくは強固な街門を盾に討伐したと思われるが、その時の様子は阿鼻叫喚そのものだったんじゃないだろうか。

 少なくともハールスに住まう戦えない人たちの多くは震えあがっていたはずだ。


 となると、素材代も相当低く見積もってあると考えるのが妥当か。

 最低限度ギリギリのラインで金額が設定されているのかもしれないな。


「おおよそハルト殿の推察通りじゃよ。

 そこに"ハールス冒険者ギルドに所属した者の8割が熟練者には遠く及ばない"と付け加えておこうかの。

 おまけにその手の連中は血の気ばかりが多くて困っとるのが本音じゃの」


 深くため息をつくハンネスさんの様子からは、相当悩ましい問題を抱えていることがはっきりと窺えた。

 これは冒険者ギルドに限ったことではないんだろうな。


「さて、今回の一件に関して当ギルドは緘口令かんこうれいを敷かせてもらった。

 これは受付での会話を避け、別室にハルト殿を呼んだ理由にも繋がるがの」

「多少の騒ぎは覚悟していましたが、緘口令を敷かれるのは想定外です」

「うむ、そう言うだろうと思っておったよ。

 これにも理由があるのじゃが、結論から言えばハルト殿にはすぐにでも町を離れることを提案しようと思っての」


 ……雲行きが怪しくなってきたが、こちらに悪意は微塵も感じない。

 それどころか俺のことを心配しての言葉なのは間違いなさそうだ。


 だが実際にはかなりの面倒事になる・・・・・・・・・・のは確実だと彼は続けた。


「確かにティーケリは、凶悪な魔物に相違ない。

 並の冒険者では幾人が犠牲になるのか分からんほどにの。

 ……しかしの、ハルト殿。

 問題はそこではないのじゃよ」


 それはこの町に生きる人々の感性にも深く関わるが、どうやらこのままハールスに滞在すれば、まず間違いなく住民の3分の1近くから熱烈な感謝と歓迎をされるようだ。

 思いがけないハンネスさんの話は、一瞬とはいえ思考を完全に凍り付かせた。


「この町に長らく住まう者の大半は、恩義や感謝を何よりも大切にする。

 他者を敬い、慈しむ精神を持つ一方で、何事も楽しむ者たちが多くての。

 そんなハールスを良い町だとワシは思うが、それを機にお祭り騒ぎをする者たちが溢れ返ることになるのが目に見えているのじゃよ。

 感謝から始まったはずの気持ちの行き場を"自らの楽しみ"へと移し替え、日々を楽しく過ごす切欠を与えることになりかねないどころか、最悪の場合は"ティーケリ討伐記念日"だなどと毎月の祝日・・・・・として町民が認定する可能性すらあるのじゃ……」


 がっくりと肩を落としながら話す彼の言葉は相当の重みを感じた。

 良い部分と悪い部分がはっきりと見えるのがハールスのようだ。


 だが、どうやら彼の心配事はそれだけではないらしい。


「さらには、うちに所属する職員の中に大層噂好きな娘っ子がおっての。

 罰則付きの緘口令かんこうれいでも敷かなければハルト殿の情報がダダ洩れになるのじゃが、それでもおそらくは半日が限界と言わざるを得ないのが情けないところだの……。

 この一件が町の住人すべてに知れ渡るまで、そう時間もかからんじゃろうて」


 ……いったいどんなコミュニティーを持ってるんだよ、その女性は……。

 今まで出会った人たちの中でも、いちばん厄介で危険な人じゃないか……。

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