第42話 そうありたいと

 わいわいと楽しげに話し合う4人だが、その内容は酒のつまみの話しかしてないようだ。

 そんな笑顔の彼らに向けて言葉にした。


「それじゃあ、俺はそろそろ行くよ。

 ギルドに討伐報告をする必要もあるし、ティーケリを不安に思ってる人もいるだろうから、吉報は早いほどいい」

「ちょっと待った、ハルト。

 ……よし、こいつを提出してくれ。

 もらった分の肉を引いたから、念のため確認も頼む」

「確認?」


 差し出された紙を受け取り、目を通す。

 そこには今回討伐したティーケリの素材について詳細に書かれていた。


「……倒した場所や時間、個体の大きさまで書かれているのか」

「だいたい、だがな。

 今回のようなケースはかなり稀だが、乗客が魔物や盗賊を含む襲撃者の撃退に参加した場合、その報酬を話し合った上で記録するんだ。

 それをギルドに提出すると職員が確認しに来て、書かれた内容が認められた後に報酬金を受け取れる手筈になっている。

 ティーケリはハルトが討伐したから、その報酬金も素材代金もすべてハルトへ入るようになっているぞ。

 ただしその紙を提出すれば、"書かれた内容に同意した"ことになる。

 その後に揉めてもギルドは取り合わない場合が多いから、必ず確認するんだ」

「なるほど。

 色々と火種になりかねないってことか」

「まぁ、そんなとこだ」


 笑顔で答えるヘンリさんだが、稀とはいえ気を付けるべきだと彼は釘を刺した。

 これには同業者の不正についても言えることだと、話を続けた。


「正直に言えば同類と思われたくない話になるが、乗合馬車で生計を立てている者ってのは裕福じゃないんだ。

 今回に限らず、討伐素材証明書は必ず御者に書いてもらうのが規則だ。

 むしろ少しでも渋ったやつは"ちょろまかそう"と考えているから、ある意味じゃ挙動の不審さから分かりやすいんだけどな」


 軽く笑い話を添えながら詳細を話すヘンリさんだった。

 その場でしか判断ができない討伐個体の重さや大きさだけを書いていないか、内容を注視する必要があるらしい。

 そこに書かれている証明書と照らし合わせてみると、枝肉になったブロック数が部位ごとにしっかりと記録されていた。


 証明書をギルドに提出するのは討伐者かその協力者になるのが一般的だが、ここにも注意が必要だと彼は話を続ける。

 素材が運べる量ならそのまま買い取ってもらえばいいが、実際こういった証明書が発行されるのは大物を狩った時か集団の魔物に襲われて撃退した場合に限るらしく、報酬金額も笑えない額になるケースがとても多い。


 いわゆる分配で揉めることも少なくない。

 命を懸けた以上、対価を求める気持は分からなくはないが、明らかに話し合いでは解決できない泥沼になることも珍しくはないそうだ。


 だが、今回のように様々な意味で価値の高いティーケリを討伐した場合、そのまま乗合馬車に素材を放置することで新たな問題に発展する可能性があるそうだ。


 "ギルド職員が確認時、素材の紛失が発覚した上に証明書も改ざんされていた"。

 そんな目も当てられない状況になっても、ギルドの方針としては介入できない。

 結局、内容確認を怠った方にも責任があると判断されるのが関の山だそうだ。


 この部分だけ聞けば、嫌な話にも聞こえなくもない。

 しかし、最終的に抜けていたほうが損をするだけだと、俺には思えた。

 こういったことをしっかりと教えてくれるヘンリさんに感謝するべきだな。


「ありがとう、色々教えてくれて」

「……なに言ってんだ……。

 礼を言うのは俺たちじゃないか……」

「そうだぞハルト。

 俺じゃどうあっても倒すどころか、時間稼ぎだってできなかった。

 そういう凶悪な魔物を倒したお前は、俺たちの命を救ってくれたんだ。

 追いつかれると分かっていても逃げる選択しか選べなかった俺たちをハルトは救ってくれたからこそ、今こうして笑っていられるんだ。

 ……それを、忘れないでほしい」


 クスターさんは、泣きそうな表情で言葉にした。

 冒険者として情けない行動だったと思っているんだろう。

 申し訳なさが前面に出ながらも、笑えることがどれだけ幸せか。

 危険な職の中でも護衛しながら街道を進み続ける彼が知らないはずもない。


「"生きるも死ぬも自分自身で決める"。

 俺たち冒険者はそうあるべきだし、そうありたいからこそ自由を選んだ・・・・・・

 ハルトの言葉は正しいし、そうあり続けたいと心から思えるよ。

 だから今こうしていられるのは、ハルト自身が力を貸したからだってことも憶えていてほしい」

「大物を狩った今回の一件でハルトが自惚れないことも俺は分かってる。

 だからこそ、心からの感謝と尊敬の念をお前に抱いてるんだ。

 俺の3分の1も生きてないハルトに、"ひとりの男として"、な」


 ……嬉しい言葉をかけてくれるんだな。

 今の俺がそれに相応しい言動を取れたのか、俺自身は自覚していない。


 だけど、そうありたいと俺は心から思えた。


 ふと、温かなものに包まれる感覚があった。

 エルセさんは涙を流しながら俺を優しく抱きしめ、心からの感謝を言葉にした。


「……ありがとう、ハルト。

 あなたがいなければ、きっと娘にはもう会えなかった。

 ハルトは母親のいない幼い子の毎日をなくしてくれたのよ。

 心からの感謝とハルトの旅の無事を祈ってるわ……」

「……あぁ、こちらこそありがとう」


 離れたエルセさんは目尻に涙を溜めながらも、いつもと同じ笑顔を見せた。

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