第41話 こう答えるしかないよな
乗合馬車乗り場に馬が止まり、短い旅の終わりを告げた。
得難い経験ができた今回の旅路だが、色々と学ぶことも多かった。
殺意を濃密に放つ魔物を相手取り、身が
これは乗合馬車に乗らなければ決して体験できなかったし、俺とは違う人生を知れたのもかけがえのない経験になった。
街道をひとりで歩いてたら生涯知ることもなかったからな。
ヘンリさんは積み荷のほぼすべてとなっているティーケリや、道中に遭遇した魔物の素材を確認しながらこれまで書いていたメモと照らし合わせる。
動物のトラ肉は強壮効果があるとされ、この世界ではたとえ危険動物だろうと食用として高値で取引されるらしい。
中でもトラ型の魔物ティーケリの肉は、臭みがまったく感じられない一般的な草食動物の肉を思わせるもので、嚙むたびに上質な脂が口いっぱいに広がり、その噛み応えのある肉質も満足感と幸福感で満たしてくれた。
狩ったその日に焼いて食べたが、タレやソースがなくても塩だけでしっかりと美味しさを感じられる肉で、一流料理店が仕入れるのも納得するほど美味かった。
『どうしよう、ハルト。
あたし、こんな美味しい肉を食べたら止まんないよ。
これじゃ町に着く間で
左頬に手を添えたエルセさんがうっとりとした表情で言葉にしていたのが印象的だが、これだけ美味ければそうなってもおかしくはないと思える味に、俺たちは舌鼓を打ったことは記憶にも新しい。
むしろ、しばらくはこの肉を食べ続けたい欲求に駆られるほどの味だった。
結局あれから町に着くまで毎日ティーケリ肉が食卓に並び、全員で美味い美味いと食べたのも、今となってはいい思い出だ。
これからは食べられないんだと残念そうに肩を落とすみんなを見ていたら、自然と言葉が飛び出した。
「食べきれる分を持って行っていいぞ。
どうせ売っても一般には流通しないんだろ?
なら、今のうちに味わっておけばいいよ」
「「「いいのかハルト!?」」」
物の見事に重なる男たち3人。
子供のように瞳を輝かされちゃ、こう答えるしかないよな。
「あぁ、いいぞ。
"旅は道連れ"って言うだろ?
道中も楽しかったし、美味いものも食べさせてもらえた。
エルセさんも持って行って親父さんにあげてかまわないよ」
「……高級肉だけに申し訳ない気が強いけど……少しだけ、もらおうかね」
「遠慮しなくていいよ。
なんせ枝肉が300キロはあるんだからな。
解体するだけでも一苦労だったし、みんなが手伝ってくれなければあれほど丁寧に剥ぎ取れなかった。
それくらいの報酬をもらってもバチは当たらないよ。
せっかくだし、旦那さんにも……って、そこまで日持ちするものなのか?」
しっかりと保存しなければ、さすがに腐るんじゃないだろうか。
この世界には冷蔵庫みたいなものは一般家庭に流通していないらしいから、食べきれない量の動物を狩ることは禁止されている。
魔道具と呼ばれるものの中に魔法の力で物を冷蔵する機械のようなものはあるみたいだが、それこそ一流店にしか置いていないとヘンリさんは話した。
だとすると、日持ちしない食材をそのまま持ち帰るのは難しそうだな。
そう思っていると、ヘンリさんは笑顔で答えた。
「生肉は無理だが、燻製や塩漬けにすればトルサに持ち帰れるぞ。
うちの事務所に行けば加工できるが、どうする?」
「マジかよ、おい!?
ツマミに最高じゃねぇか!」
リクさんの言葉に、思わず急いでるんじゃなかったかと突っ込みそうになった。
まぁ燻製肉ならそれほど時間をかけずに完成するだろうし、移動中に酒を飲むのも乗客は自由みたいだから口を出すこともないか。
それに、ヘンリさんなら美味しく調理してくれるのは間違いないからな。
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