第146話 いいところのひとつ
あれから随分と経ったが、一条は1匹も釣れずにいた。
その理由も俺には分かるどころか、俺自身がこれまでしてきたことだった。
「一条、釣竿を引き上げるタイミングが早くなってることに気が付いてるか?」
「……そうなのか?」
「俺にはそう見えるよ。
むしろ、俺が釣れなかった原因だな、それは。
もう少しだけじっくり様子を見たほうがいいと思うぞ」
「そうなのか……」
静かに答える一条に確かな変化を感じた。
落ち着きと冷静さを取り戻したように見えるが、それもこいつの"いいところのひとつ"になりそうだなと、俺はわずかに口角を上げた。
人は、一度でも頭に血がのぼると、冷静さを取り戻すのに時間がかかる。
もしもそれが命がけの戦闘だった場合は、致命的な一撃に繋がりかねない。
特に一条は、その傾向が強い。
感情のまま動いているようなやつだからな。
少し前までは俺の言葉もあまり耳に入っていなかったくらいだ。
そんな状況で冒険を続ければ、間違いなく危険だったのは言うまでもない。
アイナとレイラのふたりが見守ってくれているとは言っても限度がある。
できるだけ早めに気を静めて、冷静さを取り戻す訓練をしてもらおうと思っていた矢先のことだったが、今の一条なら俺の言葉もしっかりと届くだろうと思えた。
「ぅお!?
急に釣れ出したぞ!?」
「良かったじゃないか」
「おう!
ありがとよ!
でも晩飯はお前の奢りだからな!」
嬉しそうに答える一条を見ていると、不思議と子供の頃を思い出した。
なんだろうな、この感覚は。
こいつの言葉や仕草に妙な懐かしさを感じる。
出逢ったことなんてないはずなんだが。
それとも、小学生の頃にどこかで会っていたのか?
……いや、こいつの個性は子供の頃から変わらないはずだ。
むしろ、そのまま高校生になってるようなやつだからな。
こんな尖り散らかしたやつに出会って、忘れるはずもない。
似たようなやつと一条を被せて思い出しただけだろうな。
* *
日も傾き、湖が綺麗なオレンジ色に染まる。
きらきらと乱反射した湖面に眩しさを感じながらも、俺たちは最後の釣りを楽しみながら過ごした。
サウルさんとヴェルナさんも最初から今までずっと釣り上げていたこともあって、恐らくふたりには遠く及ばない数だろうな。
途中からバケツじゃなく、湖畔に固定して湖に魚を入れたままにする網に変えてたし、相当すごい数を釣っていると思えた。
俺はバケツ4杯分の魚だ。
それでも大小合わせて23匹は釣れた。
初体験にしては、中々いい成績じゃないだろうか。
一方、一条はというと、現在も負けじと格闘しているようだな。
「そろそろ切り上げようか」
「まだだ!!
まだ終わってねぇ!!」
……そんなに晩飯を俺に驕るのは嫌なのか……。
これはもうプライドを賭けてるんじゃないだろうかと思えて、呆れてしまった。
何がこいつの原動力となっているのかは考えたくもないが、ともかく今の一条を見ていると訓練もこうやってこなしていたことだけは間違いなさそうだ。
悪いことじゃない、と思いたいが、実際はあまり褒められないんだよな。
個人的にも悪感情に繋がる思考を極力抑えたほうがいいと感じるが、様々な面を考慮すると成長に大きく繋がる場合が多い。
体感だけじゃなく、一葉流でもそう教わるから正しいはずだ。
こいつにはできればプラス思考の感情を持って行動してほしいところだが、残念ながらそうはならないかもしれないな。
まぁ、"やや闇を感じる感情の光属性勇者"ってのも斬新だとは思うが。
なんて馬鹿なことを考えながら、俺は一条を若干白い目で見守った。
* *
片づけを終えた頃、ティルダの竿に異変が起きた。
強い引きに釣竿を持っていかれ、あまりの衝撃に尻もちをついたようだ。
反射的に行動し、湖に沈む前に釣竿を掴む。
これまでにないほど強烈な手応えに、思わず眉にしわを寄せた。
なんだ、この力……。
魚の魔物が食いついたのか?
それとも噂の1200万のツチノコか?
まぁ、釣ってみれば分かることだな。
「ティルダ。
俺も手伝うから、この竿を持って一緒に釣ろう。
こんな強い引きの魚は間違いなく大物だぞ」
「……で、でも……」
「折角の釣り大会なんだから、楽しもう」
「――!
うん!」
しかし、釣竿が持つかが心配になるほどの軋む音がはっきりと聞こえる。
これは単純に力で引き上げていいのか、俺には判断が付かなかった。
「うお!?
なんだよその引き!?
竿が折れそうじゃねぇか!」
会場へ戻ろうと湖畔を歩いていた先輩たちが続々と駆け付ける。
「どうすればいいか分かるか?
このまま強引に引いてもいいのか?」
「待て!
糸は問題ないが竿のほうが耐えられない!」
「そのまま魚に任せて泳がせ続けろ!
竿もなるべく魚の方向へ向けて極力負担をかけないようにするんだ!
体力がなくなってきたと感じたら、少しずつ岸に寄せればこっちの勝ちだぞ!」
「わかった」
頼もしいな、釣りの先輩たちは。
俺じゃ考えもつかない手段を教えてくれた。
流れに合わせるのは得意だ。
相手が魔物だろうと問題ない。
厄介なのは釣竿の耐久性だからな。
徐々に魚影が見え始め、観衆が見守る。
「すげぇ大きいぞ!」
「マジかよ!?
こんな湖畔でかかるのか!?」
10年に一度の大物だ。
そう誰かが叫ぶように声を上げた瞬間、豪快な水しぶきを上げる。
オレンジ色の太陽に美しく照らされたような魚にティルダは目を丸くしながらも、釣竿を離すことなく弾けんばかりの笑みを見せた。
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