第147話 素敵な思い出

「続きまして9位!

 サウル・サーリヤルヴィさん!

 釣果は53匹!」


 表彰台に上がるサウルさんに拍手を送りつつも、俺の横で悔しがる一条。

 それでも十分釣ったじゃないかと言いたいところだが、そう言葉にしても変わらないだろうな。


「さあどんどんいきますよ!

 6位はヴェルナ・ルオナヴァーラさん!

 釣果は59匹ですが、レアな魚が2匹含まれていたため上位に食い込んだぁ!」


 ふたりは俺たちよりも遥かに釣ってたが、入賞するとは思っていなかった。

 思えば最初からがんがん釣り上げていたし、それも当然なのかもしれないが。


「……ぐ、ぬぬ!

 本当ならあの場所に俺もいたはずなのに!」

「仕方ないだろ。

 俺たちは32位タイなんだ。

 それでも十分すごいじゃないか」


 本大会の採点基準は大きく分けると3つ。

 魚の数、釣った場所、そして魚の種類を含む質の高さだ。


 俺たちが釣りをしていた初心者用とされる釣り場はポイントもある程度高く設定されているが、釣り場を替えるだけで随分と魚の種類も豊富になることもあって、入賞した素人はサウルさんとヴェルナさんのふたりだけだった。


 それでも、ふたり合わせて112匹は釣りすぎだと思うのは俺だけだろうか。

 まぁ、釣った魚は後夜祭と呼ばれる日が暮れたあとに会場の屋台で調理され、すべて無料で提供するって話だから決して無駄にはならないが。


 色んな意味で魅力的な大会だと思う。

 大人も子供も、老人も女性も楽しめる大会は珍しいはずだ。

 手ぶらで楽しめて、夜には美味しい魚料理がたくさん振る舞われる。

 誰が考え出したのかは知らないが、町興しもできそうな人気イベントだな。


「――さあ!

 ここからは上位の釣り師だ!

 栄えある5位に到達した強者は――」


 そういえば、結局アイナさんは終了間近まで眠っていたな。

 思っていた以上に疲労感が溜まっているんじゃないかと心配したが、どうもこういった涼しくて心地良い湖畔は彼女のお気に入りの場所なんだと話していた。


 確かに湖畔はリラックスできる優しい水音も耳に届く。

 風も優しく肌に触れるから、昼寝にも最適なのかもしれないな。


 ある意味では一条のお守りをしてるわけだから、騎士だったことや彼女の性格を考えると疲労感が溜まっていてもおかしくはない。

 言葉にしなくても、見えない疲れが溢れていたんだろう。


 ……疲労は今後も溜まっていくと思うんだが、一条との再戦で少しは改善できたはずだから、これまで以上に疲れることはない……はずだ。


「さあ!

 それでは今月の優勝者を発表したいと思います!

 湖畔部門における最高の釣り師の称号は……」


 進行役の男性が舞台端に手のひらを向ける。

 同時に会場で見守る人々の視線がそちらへ集中した。


「優勝者!

 ティルダ・アールステットさん!

 表彰台へどうぞ!」


 ゆっくりと壇上へ上がるティルダ。

 あまりの緊張で手足が同時に出ていた。


「……すっげぇ緊張してるな、ティルダ。

 あんなロボットみたいな動きしてるやつ、初めて見るぞ」

「さすがに自分が優勝するだなんて思いもしなかったんだろうな」

「でもよ、最後の大物は確かに凄かったぜ」

「そうだな」


 見事な魚だったことは素人目に見ても分かった。

 あれほどの魚が湖畔の、それも町に近い場所で釣れるとは思ってもみなかったし、釣った本人も未だにどうしていいのか分からずにいるのも当然かもしれない。


「ティルダさんは初参加で釣りも初めての大会史上最年少優勝者!

 初心者でありながら幻の"ドゥロットゥサーモン"を釣り上げた方でもあります!

 そこで本大会運営委員会は彼女の功績を称え、"ビギナーズクイーン"の称号を贈りたいと思います!」


 会場から拍手喝采が巻き起こる。

 誰もが彼女の功績を喜び、称えてくれていた。


 本当に居心地のいい町だな。

 暮らす人々も湖のように澄んだ心を持っているんだと思えた。

 対する彼女は、それどころじゃなさそうだが……。


 きょとんとしたまま賞金を受け取るティルダ。

 あれは完全に理解できてない顔だな。


 湖畔での釣りは沖に出る部門と違い、一度でも当たりが来た時に釣竿を持っていた人に得点が入る。

 あの時ティルダは釣竿を衝撃で放して俺が支えたが、そのまま釣り上げたことで彼女のポイントに繋がった。


 初心者のための救済とも言える仕様だが、だからこそ多くの人たちが楽しめるような大会になってるんだな。


「それでは!

 優勝者の挨拶で、湖畔部門の表彰を終わりたいと思います!

 ティルダさん、準備はよろしいでしょうか!?」

「――うぇ!?

 え、あ……え?

 あー、えと?」

「どうぞ、ご自由にお話していただいてかまいませんよ」

「自由に……」


 穏やかに語りかけた司会者の言葉に、少し落ち着けたようで安心できた。

 何かを考えながらも頷いたティルダは、一歩前に出て言葉にした。


「あたしは、あたしだけの力で優勝できたとは思っていません。

 ハルトさんが力を貸してくれなければ釣竿は湖に落ちていたし、おじさんたちが釣りのことを教えてくれなかったら釣れなかったかもしれません」


 そうだな。

 俺には釣りの知識はない。

 魚の動きや力を貸すことはできても、釣り上げることも難しかった。


「だから、あたしが今ここにいるのはみんながいてくれたおかげです!

 たくさんの人たちが力を貸してくれて、釣った時も自分のことのように喜んでくれたこと、すっごくすっごく嬉しかったです!

 きっとそれが、この大会のいちばん素敵なところなんじゃないかなと思います!

 あたし、ヴァレニウスに生まれて良かった!

 こんなにも素敵な思い出をありがとう!」


 手を振りながら満面の笑みで伝えるティルダに、会場は割れんばかりの歓声で溢れた。

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