第九章 何よりも心強いよ

第257話 賑やかなことが

 時折、強く跳ねるように衝撃が伝わる街道を進むこと1時間。

 目的地となる場所まで目と鼻の先となった頃、俺は再び訊ねた。


「……本当に良かったのか?

 今ならまだ引き返せるが……」

「冗談だろ。

 もう退職届は受理されてるんだ。

 いまさら戻ったところで、俺の居場所はないぞ」


 豪快に笑う男性に、俺は苦笑いしか出なかった。


 *  *   


「……本気なのか、アーロンさん」

「あぁ」


 トルサを出る直前、貸出馬車の荷台に付けてある段差に足をかけたまま、提案をして来た男性に視線を向けながら訊ねた。


「俺たちは……あれだぞ?

 大きな目的があって王都へ向かうんだぞ?」


 ここには貸出馬車が置かれてるだけではない。

 乗合馬車の関係者と乗客も近くにいる。

 大っぴらに魔王の名を口にするわけにもいかず、俺は言葉を濁すような言い方をした。


「ハルトたちの目的に同行させてほしい。

 当然サウルたちと同じで、最後までは付き合えないのが心苦しいが」

「それはありがたいし気持ちも嬉しいんだが、憲兵隊長が退職なんて、そう簡単にできるものなのか?」

「できないな、一般的には。

 現に、事務所へ叩きつけたくらいだ」

「だったら――」

「――でもな。

 俺個人として、お前たちの行く末を間近で見たいと強く思ったんだ。

 平均的な憲兵隊長以上の戦力は十分にあるはずだし、荒事にも慣れてるから足手まといにはならないはずだぞ。

 ……鍛錬する時間だけは腐るほどあったからな」


 それは、そうかもしれないが。

 何も辞めることはなかったんじゃないだろうか。


 そう思えてならないんだが、彼らの未来がどこへ向かうのか確かなことが分からない以上は、あまり意志を否定し過ぎるのも失礼か。


 そうはいっても、中々に衝撃的なことをしたな、アーロンさんは。

 トルサは小さいとはいえ、憲兵隊長が凄い形相で退職届を叩きつけたんだろうから、今頃事務所では大騒ぎだな。


「……本音を言うとな、一発かましたい気持ちは強いんだ。

 それはここにいる全員がそう思ってるだろうけど、できないならせめて近くにいたいんだよ」


 その気持ちも分からなくはない。

 同時に、そう思ってくれる彼らの意志に嬉しく思う。

 これ以上ないほど頼もしい仲間たちだとも感じる。


「……わかった。

 よろしく、アーロンさん」

「おう!」


 清々しい顔で応えられちゃ、もう断れないな。

 それに戦力が増えるのは、正直なところ助かる。


 何が起こるか分からないからな。

 着いた直後に兵士が襲ってくる、なんてことはないと思いたいが……。


 *  *   


 それから約1時間。

 馬車に揺られた俺たちは、一路王都へと向かっていた。


 頼もしい旅の連れは7人にまで増え、うちひとりが世界を救う勇者だ。

 さらには王国騎士団の副団長と王国魔術師団の次席、確実にランクS以上の実力を持つ冒険者ふたりとトルサの憲兵隊長か。


 個性的なメンバーだと思う。

 異世界をただ歩いてるだけじゃ、絶対にこうはならなかっただろうな。


「……賑やかなこと・・・・・・が始まるのか?」


 御者のバルブロさんは訝しげに訊ねた。

 彼は元ランクA冒険者で御者に転職した、言ってみればサウルさんと似たような経歴を持つ。


 だが、実力は本物だ。

 多少色あせたと彼は話したが、その眼光や立ち振る舞いからも強者の風格が醸し出ていた。

 本音を言えば、彼ほどの逸材がトルサにいるとは思ってなかった。

 これは良い方の想定外だ。


 しかし、彼はこの世界に置かれた状況と"真実"を知らない。

 今にも討ち入りしそうだ、とはさすがに思ってないようだが、あまり嘘をつくのも気が引けた。


「いや、知り合いに遭いに行く・・・・・だけだよ。

 そいつには相当の貸しがあって、返済してもらうつもりなんだ」


 嘘ではない。

 ただ情報が欠落してるだけだ。

 本当のことを言っても信じてもらえないだろうしな。


「……ま、いいけどよ。

 噂の副団長と次席がいりゃあ、さすがに聞きたくもなるわな」

「よく似てると言われますが、別人ですよ」

「……ん。

 世界には同じ顔が3人いるって聞く」


 ふたりの発言に、口を開きかけた一条の言葉を封殺するように俺は訊ねた。


「そういえば、俺は王都に行くのは初めて・・・なんだ。

 美味い店や安い武具屋とか知らないか?」

「うぇ?

 ……あー、どっかあったかな」


 余計なことを言われては適わない。

 一条には悪いが、ここは黙ってもらう方がいい気がした。

 こいつのことを信じてないわけじゃないが、余計な厄介事はごめんだからな。


「……そういや武具屋の親父、元気にしてんのかな」

「その鎧を作った職人だったか?」

「あぁ」


 ……多少の手直しはしたが、結局身に着けてるんだよな、輝く黄金鎧を……。

 まぁ、魔晶核結石を用いた特殊加工を施すことで重量は軽鎧並まで落ちたから、これなら十分戦えるとは思うが、ここまで物に執着するようなやつだったとは思わなかったな。


「……なぁ」


 一言だけ呟いた一条はしばらく時間を挟み、"なんでもねぇ"と答えた。

 感情の抑制が苦手なのに自制してもらえたのはありがたいが、そんな余裕はないかもしれないし、単独行動をさせるなんてもっての外だ。


 王城と直線状に置かれていれば寄れるかもしれないが、それをアイナさんとレイラが提案しないってことは"職人街"と呼ばれる地域に店を構えているんだろう。


 だとすると、寄るのは少し現実的じゃない。

 まだどうなるかは王都へ入ってみなければ分からないし、実際何も問題は起きずに行けるかもしれないが。


「……腹ぁ括った気配を出し過ぎだ。

 詳細は聞かねぇが、お前らがそうするだけの理由が王都にあるんだな?」

「誰もが笑顔になれる道を作りに行くんだ。

 俺たちは何もやましいことはねぇし、信じてくれた人たちを失望させることは絶対にしない」


 普段とは変わらない声色。

 それでいて明確な信念を感じさせる強い言葉だった。


 "誰もが笑顔になれる道"、か。

 いい表現だと俺には思えた。


 実現できるかどうかは俺たち次第だ。

 でも、ここにいる仲間たちとなら絶対にできる。

 そう確信するように、俺は小さく頷きながら一条に同意した。


「……ったく。

 王都で何があんのか知らねぇし知りたくもねぇが、どんだけ強い覚悟持ってんだよ、お前ら……」


 バルブロさんは、呆れた様子で言葉にした。


 だが、そうでなければ、ここにいる意味がない。

 それくらいの覚悟なくして達成などできはしない。


 おおよそこの世界に住まう人たちには理解しがたいことが、これから王都で起こるだろう。


 少なくとも、存在を消し去らなければならない相手がいるからな。

 そのために俺たちは鍛錬の日々を過ごしてきた。


 すべては、最悪の敵をたおすために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る