第256話 歩んだ軌跡は

 ひとつ、思うところがあるとすれば、著しい変化と成長をした若者を見られたことかとアウリスは呟いた。


「……子供そのものにしか見えなかった少年が、あれほど逞しくなるとは……。

 本音を言えば無理だと考えていたが、これもすべてはハルト殿を含む大人たちの指導の賜物だな。

 しかし、今のカナタであれば、終わり・・・を実現してくれるだろう。

 そういった意味を含ませるのなら、世界は救われるのだと確信した」

「ハルト様とは同い年と伺っていましたが、どうにも幼さを強く意識させられる方ですからね、カナタ様は。

 アイナ様とレイラ様がご同道されていなければ、どうなっていたことか……」

「確実に終わっていただろうな、この世界は」


 返した言葉の内容とは裏腹に小気味よく笑うアウリスだったが、本当に危なかったかもしれないなと、彼は真面目な表情に戻して言葉を続けた。


「聞けば、ハルト殿との合流が少しでも遅れていればどうなっていたのか、想像するのも恐ろしい。

 パルムでの一件を考えれば、それすらも魔王が裏で糸を引いているのではないかと深読みしてしまうが、どうやらそうではなかったようだな。

 ……良かった、とも言い難いが」


 それはつまるところ、人が起こす行動のすべてに対し、魔王は無関心なのだとアウリスには思えてならなかった。


 そんな相手に翻弄され、一喜一憂の日々を送る我らはいったい何なのだ。

 彼の中では疑問がいくつも浮かび、答えが出ることもなく消えた。


「しかし、やはりユーリアの見立て通りとみて間違いなさそうだ。

 ハルト殿の存在が、世界に何かしらの影響を与えたと考えるのが妥当だろう。

 思えばその兆しは、彼がこの世界に降り立った直後からあった」


 ランクC冒険者たちに殺意を向けられた一件のことを、アウリスは言っている。

 いくら嫌悪感を言葉で言われたところで、明らかに新人だと見て分かるハルトを亡き者にしようだなどと、常軌を逸してるとしか言いようのない事態だった。


「……思えばあの瞬間、いや、もしかしたらこの世界に降り立つ以前から変革の兆しはあったのかもしれないな。

 この話は彼らもしていないが、女神アリアレルア様が異世界から救世主を導いたのだと私には思えてならない」

「アウリス様、私はもう悩みません。

 ハルト様もカナタ様も、この世界をお救いくださる救世主様たちで、ご同道されてる4人の皆様はおふたりを護り、限られた中で自分にできる精一杯を努めようと力をお貸しくださる英雄です。

 未来永劫、語り継がれるほどの英雄譚を、私たちはその目にしたんですよ」


 とても嬉しそうに答えるユーリアに釣られ、アウリスは頬を少しだけ緩ませた。


 まだこれからが正念場だというのに。

 そう彼は思いながらも、彼女に話した。


「……変わったな、ユーリア。

 そんな楽しそうな姿など以前のお前からは見られなかった。

 ……いや、200年前に戻ったと言っていいかもしれないな」

「……そうかもしれませんね。

 正直に言えば、思うところも多かったですから。

 でも、今は違います。

 私はもう迷いませんし、絶対に救われると信じています。

 みなさんをその目にして、確信しました」

「そうか」


 そうであればいい。

 いや、そうなると信じる、か。


 ギルド依頼をハルトに託した時には感じられなかった感情が、アウリスの奥底から湧き上がってきた。


「未来への活力と言えば、正しいだろうか。

 本当に不思議な感覚を抱いたと思える」


 同時に彼は、これまで感じていた負の感情がなくなったように思えた。

 杞憂することもなくなった彼は、憑き物が落ちたような表情で言葉にした。



「……それにしても、カナタめ。

 "達者で暮らせよ"、なんて言い放ったな。

 何気ない一言のつもりなんだろうが、さすがに笑えないな」

「いえ、それでいいんですよ。

 カナタ様らしい発言ですし、何よりもそうなると私は信じてますので」


 そう答えるユーリアと、呆れたようにため息をつくアウリスだった。


 カナタが言い放ったもの。

 それは、その先・・・が約束された者へと向けて使う言葉だと、彼には思えた。

 そんなことが叶うのであれば、これ以上ないほどに幸福なことかもしれない。


 しかし、そんなことは起こりえない。

 いくら世界を管理する女神様であろうと、世界中にいる人たちのほぼすべてに失った肉体と精神を繋ぎ止め、呪われた生活から解放されながらも停止した時間を動かすなど、とてもではないが可能だとは思えなかった。


「……だが、我らには途切れてしまった道が、カナタの希望通りの未来に繋がっているのだとすれば、本当にそんな夢のような暮らしができるのだろうか……」


 呟いた言葉に重みはない。

 そんなことなど不可能だと頭で理解してるからだ。

 起こりうる未来は、この仮初の命が正常化するだけのはずだ。


 そうなれば、曖昧な状態で世界に繋ぎ止められたすべてが消失し、後には生活感が残ったままの町並みが取り残されるだけとなるだろう。


「……失踪するかのように消えゆく曖昧な存在。

 まるで話に聞く幽霊のようではないか」


 そこに何の意味があるというのか。

 我らが成したことすべてが無駄なのではないか。


 アウリスは、やるせない気持ちが溢れる表情で答えた。


「……それでも、私たちの歩んだ軌跡は遺ります。

 文書で、手紙で……"想い"は形としてこの世界に遺り続けます。

 たとえ誰の目に留まることなく消失しても、きっと遺ると私は思います」

「……そうだな。

 そうだと、いいな……」

「……はい」


 同調したアウリスに、これ以上ないほどの美しい笑顔で答えるユーリア。

 答えようのない、確かめることもできない問答ではあるが、それでも未来は確かに繋がるのだと彼女は言葉を続けた。


「……しいて言えば、勇者カナタ様とハルト様、そして4英雄が力を合わせ魔王を倒して世界を救った物語を、書籍として読むことができないのは心残りですね」

「……突っ込みどころが多そうなほど"完璧な勇者"として書かれそうだな」

「そうですね。

 それはきっと楽しいお話ですよ」


 彼らは笑う。

 自分たちが決して体験ことのできない未来を想像しながら。


 楽しげに、何よりも寂しそうに笑い続けた。

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