第173話 直感に従えよ
「……なぁ、ヴェルナ」
「なんだ?」
「……"小腹が空いた"っ
「あぁ、確かに言ったな」
「「……」」
無言で見つめる俺とサウルさんの視線の先。
熱々の鉄板に置かれた塊が香ばしい匂いを放ちながら、じゅうじゅうと荒々しくも豪快な音を奏でていた。
「……500グラムはありそうだな」
「美味そうだろ。
ハルトも食うか?」
思わずぽつりと呟いた俺に、彼女は笑顔で答える。
若干、胃に痛みが走ったような気がしないでもないが。
「いや、俺はいいよ」
「そうか?
そんじゃ、まずは一口」
食べやすいサイズに切り分け、口へと運ぶ。
放り込めば大人の男でもしゃべれなくなるほどの大きな肉にかぶりついたヴェルナさんは、とても幸せそうな表情を浮かべながらがつがつと豪快に食べ始めた。
香りに釣られて入った肉料理の店だが、客の入りはいまいちだった。
思えば昼前からがっつり肉料理ってのは、さすがに好まれないんだろうな。
それも当然かと思いながら、俺は薄切り肉のサンドイッチを頬張る。
スパイシーに仕上げられた牛肉の旨味が硬めのパンと良く合っていた。
付け合わせのスープへ手を伸ばす。
さっぱりと、それでいてコクもしっかりある野菜たっぷりのスープに癒された。
砂糖では感じられない野菜特有の甘味は、若干重い肉の脂を流してくれる。
やっぱりこの世界の料理はかなり美味いな。
そういえば、不思議と日本の味を恋しいと思ってない自分がいる。
海外に1週間もいれば、故郷の味が食べたくなるって誰かから聞いた気がするが、俺は異質なんだろうか。
……まぁ望んでも食えないからな、和食なんて。
望むだけ無駄だと感じてる俺は、心のどこかで納得してるのかもしれないな。
「……しっかし、良く食うな、お前……。
その食いっぷりを見てるだけで胃もたれしそうだ……」
「とうとうジジイの仲間入り宣言か?
冒険者に限らず体動かしてるやつなら朝から肉は食えるだろ」
「……500グラムのステーキは食わねぇと思うぞ、さすがに……」
確かに俺も朝からステーキを食べたいと思ったことはない。
それどころか、一般的な朝食で満足していた気がするな。
「赤身肉は筋力を付けるにもいいらしいし、食べたいものを食べられないとストレスになるから好きなものを食べればいいとは思うよ」
「ジジイには分かんねぇんだよな、ハルト!
アタシもまだまだ若いってことだ!」
「その言葉のどこに若さがあるのかを問い詰めたいところだが、いくら肉体労働者でもそんな塊肉は食わねぇと思うぞ……」
サウルさんの言葉に否定できない俺がいた。
そもそも彼女は3段重ねのパンケーキをおかわりしてた。
ここ最近、急激に食べる量が増えたような気がするが、無理してるわけでもないみたいだから問題にはならないか。
* *
「ふぃー!
食った食った!」
「……満足したか?」
「おう!
腹いっぱいだぜ!
魚もいいけどよ、やっぱ肉だよな!」
「否定はしないが肯定もしたくねぇな、この状況を見ると……」
おかわりの皿がふたつ、ヴェルナさんの横に置かれていた。
3皿だと約1.5キロか。
パンも含めると、どこに入ったんだってくらい食べたな。
どんなに腹が減ってても、俺はその半分で満腹になるだろうな……。
「しばらく動けそうもねぇな」
「動くと色々問題だな」
「まぁ、食べてすぐに動くのも良くないし、のんびりしよう」
食後のお茶を口に含みながら、これからどうするべきかを考えていた。
冒険者ギルドに向かったとしても、あれ以上の情報は手に入らない。
他のギルドや憲兵隊も同じだろう。
むしろ、冒険を生業にしてるギルドが諦めたんだ。
どこに言っても情報は手に入らないはず。
町の人へ聞き込みでもするか?
……いや、結果は目に見えてる。
情報収集に長けた組織が諦めるのは余程のことだ。
一般人から聞いたところで得られるものはない。
だとすれば、ひとつしかないのか?
なるべくこんな手段は選びたくないが……。
「いいじゃねぇか、出たとこ勝負でもよ。
なんも分かんねぇならアタシらが確かめに行けばいいだけだろ?」
「……それは、そうだが……」
言葉が続かない。
それがどれだけ危険な行為なのか、ヴェルナさんは分かった上で提案した。
同時に、サウルさんも難しい顔をしながら彼女に同意する。
「それしかねぇならそうするべき、か。
とりあえず、"迷いの森"ってのに入ってみようぜ」
正直、即断できない。
確かにふたりと一緒なら安全に辿り着けるだろうが、不可侵領域と呼ばれている場所へ軽々しく足を向けるわけにもいかないし、それこそ何が起こるのかも分からないんだから、もっと考えるべきだ。
そう思いながらも、慎重に行動したところで何の解決にもならない。
情報は手に入らず、かといってこのまま町に滞在し続けても無意味に思えた。
なら、どうするか。
それを決めあぐねる俺に、ふたりは言葉にした。
「考えても答えが出ないなら、直感に従えよハルト。
アタシらはこれまでそうしてきたし、今回も同じだ」
「俺らは俺らの直感に従って答えを出した。
あとはお前の意志を示せばいい」
「……直感、か」
そうだよな。
町にいても情報は手に入らないんだから、行動するべきだ。
不安はあるが、嫌な予感はしない。
なら、その感覚を信じるだけだ。
「進もう。
それが正しいかは分からないが、そうするしかないと思えた」
「おっしゃ!
そんじゃ、これから準備だな!」
「サバイバル用の道具も揃えるか」
「だな!
ナイフだけじゃ心許ないからな!」
どことなく楽しげに話し合うふたりに、俺は釘を刺す。
当然、言われなくても理解してるとは思うが、先に決めておいたほうがいいと判断した。
「ただし、これは現時点での話だ。
今は何も嫌な予感はしないが、その場に行ってみて危険だと判断すればすぐに町へ引き返す。
ふたりが感じた場合も、それに従って行動する」
「あぁ、分かってるよ。
心配性だな、ハルトは」
「そんでもアタシたちのことを思ってくれるなんてな。
少し前まで背中が痒くなったのに、今は不思議と素直に嬉しいぜ」
難しい表情をしていたんだろうか。
頭をぐしぐしと強くなでられながら、ヴェルナさんは笑顔で答えた。
「んな顔すんなよ!
アタシらだって分かってるさ!」
「無茶と無謀を俺たちは履き違えたりしないぜ。
そんなやつらなら、とっくに冒険者は引退してるだろうよ」
どこか諭すように、ふたりは言葉にした。
それを素直に嬉しいと感じる俺もどうかと思うが、年齢相応の扱いをされたのかもしれないな。
この時、俺はふたりがいれば、どこにだって行けるような気がした。
良き先輩で頼もしい仲間のサウルさんとヴェルナさんと一緒なら、どこへだって行けると。
以降、俺の心に迷いの一切がなくなったように感じたのも、ふたりのお陰だな。
きっと俺ひとりだったら、ここまで来れても不安は拭い去れなかった。
そう強く思いながら、俺はふたりの後を追うように席を立った。
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