第172話 意味が分からない
「……どういう……ことだ?」
俺が言葉にできたのは、しばらく固まり続けたあとになる。
女性職員の話は俺たちにとってあまりにも想定外の答えだった。
意味が分からない。
冷静に聞き返した今でもそう思えてならないが、何か理由があるんだろう。
そうでもなければ、あんな答えは返ってこないはずだ。
「森の半ば以降から先は"迷いの森"と呼ばれた場所で、ある一定距離を進むと森の入り口方面へ足を向けてしまう不思議な森なんです。
憲兵、冒険者、商業林業ギルド問わず、これまで多くの方を調査隊として派遣しましたが、結果は変わりませんでした。
現在では
……自分が何を言ってるのか、本当に理解しているんだろうかこの女性は。
それじゃ、調査すらできない未知の領域がこの周囲にあるって意味だぞ。
つまるところ、何が起こるのかも分からない危険地帯が広がってる事実を、どうしてそんな涼しい顔で答えられるんだ……。
笑顔を崩すことなく話す女性職員に、恐怖すら感じた。
念のため聞いてみたが、調査はもちろん生息する魔物や採取素材の一切が分からない場所のようだ。
「憲兵も今では調査しない場所ですから、盗賊もいないと推察されます。
その手前までと周囲に関しての情報は提供できますが、どうされますか?」
「……そうだな、頼むよ。
周囲だけでも情報は助かる」
「わかりました。
少々お待ちください」
笑顔で答えた女性は受付の奥へと向かった。
正直、今のやり取りですら理解に苦しむ。
ふたりも同じことを思ってくれたのが、俺には救いに感じられた。
「……どういうことだよ、これ……」
「意味が分からねぇな。
こんなこと、起こりうるのか?」
「……
そんな程度で納得できるはずもなく、ギルドの立場としても良くないと俺には思えるが、特に何の違和感もなくこれまで過ごせてる事実があるんだろうな。
だとしても、異質なことだとしか思えない。
そもそも、そんな領域を放置し続けること自体が異常だ。
何が起こるのかも、どんな影響が出るかも分からない。
そんな場所を危険だと判断することもせず、この町の住民は暮らしてるって言うのか?
いや、彼女の対応はそうだと答えたようなものだ。
だとすれば、それを異常だと思う俺たちが間違っているのか?
「お待たせしました。
こちらが町の周辺について書かれた地図と、森の周辺を記したものになります。
少々お値段は張りますが、販売もしていますのでご検討ください」
「買うよ。
森についての情報もできる限り教えて欲しい」
「わかりました」
そう訊ねたものの、実際にそれほど詳しく知ることは叶わなかった。
しいて言えば森に出没する魔物が弱いことや、周囲には薬草がそれなりに群生してるようだ。
クマの魔物やトラの魔物と遭遇した報告もされていないらしいが、そこにも眉をひそめてしまう。
……森、なんだよな?
確かに中央よりも手前なら不思議ではないが、森である以上、まったく遭遇しないと聞こえるような言い方もどうかと思えた。
地図を使いながら可能な限りの情報を教えてもらったが、結局は"分からない"ことを職員から強調されたようにしか受け取れなかった。
依頼についても訊ねたが、どうやら魔物討伐や素材採取など一般的なものはある程度広く募集しているようだ。
これは他の町とも変わらないが、ただ一点、どうしても気になる箇所はあった。
「つまり、森の半ばに辿り着いた者はおらず、たとえ目指したとしても気付けば入り口付近を歩いてるってことなのか」
「そうなります。
ただ、他所の町で噂されると聞く"帰らずの森"などではありません。
向かうことに関しても問題ないとギルドは判断していますので、どうぞご自由に探索なさってください」
"そうか"、としか答えられなかった俺は2万キュロを置き、感謝の言葉を伝えて受付から離れた。
その足で掲示板も確認してみる。
一般的な依頼書ばかりが貼り出されてる点に違和感はない。
魔物討伐、薬草採取、護衛依頼、運搬業務など、どこの町でも募集されている依頼だった。
中には高額な薬草採取の依頼書も貼り出されていたが、内容を確認しても森の半ばへ向かうようなものではなく、むしろ森を大きく迂回するために値段が高いだけのように思えた。
「……さて、どうしたもんかね……」
ため息をつきながら、ヴェルナさんは呟いた。
正直に言えば、こんな事態は想定していなかった。
冒険者ギルドに来ればある程度の情報は手に入ると思っていたし、実際"知らない"と言われた今でも信じられない気持ちでいっぱいだった。
「少し、どこか落ち着いた場所に行こうか」
「だな。
今の混乱した頭で話してもいいことねぇだろ。
頭を冷やす目的で町を歩いてもいいかもしれねぇな」
「そんなら、人通りの少ない場所を歩いてみようぜ。
いい店があるかもしれねぇし、そろそろ小腹も空いてきたしな」
思わず俺とサウルさんは彼女に視線を向けてしまう。
驚きと戸惑いを含ませた気配で彼はヴェルナさんに訊ねた。
「……マジかよ……。
あれだけ食ってたのに、もう腹減ったのか?」
「まぁ、いいじゃねぇか。
腹いっぱい食いてぇ時ってのも、たまにあるんだよ」
笑いながら答えてたが、思うところも多かったんだろう。
難しい表情に変えながら答える彼女に、俺たちは同調した。
「こんな時は"別のこと"に集中するのもいいと思うぞ。
考えないだけじゃ意味がないってこともあるしな。
なら、別のことに頭使ったほうが効率的だ」
「なるほどな。
それなら俺も理解できるぜ」
「そうだな。
考えすぎても仕方ないし、どうやら答えの出ない問題に直面したようだから、今は何も考えずに別のことをするのがいいかもしれないな」
こういう時は、別のことを考えて気を紛らわせるほうがいい。
そう言葉にしたヴェルナさんだが、これも彼女の実体験から来てるんだろうか。
そんなことを考えながら、違和感ばかりを得られた場所から俺たちは離れた。
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