第174話 こうあるべき

 町からそれほど離れてない場所に、問題と思われる森が広がっていた。

 だが、想像してた森とは随分と違う印象を俺たちは受ける。


「ギルドで聞いてた話よりも、見通しがいいな」


 森を歩きながらヴェルナさんが言葉した。

 そもそも森とは、木々が生い茂るように広がるものなんじゃないだろうか。

 それとも、そんな考えそのものが固定観念からくるものなのか?


「見通しがいいに越したことはないが……」

「まぁ、薄暗い森を想像するよな、普通は」


 木漏れ日がしっかりと差し込む林のような森を歩く。

 周囲に魔物の気配も感じない、とても静かな場所に思えた。


 草木の香りが心地良く鼻を通り抜け、小鳥のさえずりが心を落ち着かせる。

 魔物なんて存在しなければ森林浴を存分に楽しめたのにな。


 叶わぬ願いと知りながらも思わずにはいられなかった。



 綺麗な森だな。

 純粋にそう感じた。


 魔物も多数確認されているし、もしかしたら盗賊なんて馬鹿どもがいるかもしれないような場所だから、実際には危険な場所であることに違いはないが。


 最悪の場合、危険種並かそれ以上の強さを持つ魔物と鉢合わせる可能性だって、完全にないとは言い切れないはずだ。


 とはいえ、周囲に魔物の気配はない。

 代わりに動物、それもウサギやリスなどの小さなものを頻繁に見かけた。


「……俺はこの世界での森は初めてなんだが、こんなに穏やかなものなのか?

 これじゃ、俺がいた国の森と大差ないぞ……」

「この辺りは町に近いからな。

 しっかり間引かれてるってことじゃねぇか?

 まさか大陸の端だから魔物もいません、なんてありえねぇだろうしな……」


 冗談交じりにサウルさんは話すが、正直笑えない俺がいた。

 そこまで異世界に詳しくないから答えなんて出るはずもないんだが、それでもありえないとは思えなかった。


 そもそも俺のいた世界とは法則が違う可能性も高い。

 魔物はもちろん、魔法なんて技術が存在する時点で異質だからな。


 日本とこの世界の差異を考えていると、ある気配に気づいた。


「前方、約100メートルに冒険者のチームがいるぞ。

 人数は……4人みたいだな」

「……お前、また索敵範囲増えたんじゃないか?」

「そう簡単に範囲は広げられないって師匠は言ってたが、ハルトにゃ当てはまらないのかね」

「納得のいく答えは出せないな。

 ただ頻繁に使い続けていたから増えた、としか言えないぞ」

「ヒトツバ流か。

 興味が湧いてきたな」

「……おいおい。

 ヴェルナが体得したら、とんでもねぇ冒険者が爆誕しそうだな……」

「んなことねぇだろ。

 ただ、イノシシ追いかけるのは完全に趣味の領域になるだろうな」

「……やめねぇんだな、追いかけるのは……」

「あったりまえだろ!

 あんな楽しいこと、やめられるかよ!」


 気合の入った言葉に深くため息をつくサウルさんは、どことなく疲れたような表情を見せた。

 その気持ちは分からなくはないが、なんとも"らしさ"を感じる俺がいた。


 もしヴェルナさんが一葉流を体得しても、力を振りかざすようなことはないと確信してるし、サウルさんも含めてふたりにはある程度は体内にある力を発現させられるようになってもらえれば、きっと今よりも遥かに安全な旅ができると思う。


 この世界から離れる前に、ふたりにはお礼をしたいと思っていた。

 一葉流の"明鏡止水"なら決して無駄にならない。

 むしろ、確実に生存率を上げるはずだ。


 ……そうだな。

 ふたりが本気で技術を望むのなら、俺も真剣に向き合おう。

 そうすることで、十分すぎるほどの恩を返せると思えるからな。


 *  *   


 その先にいたのは中堅冒険者と思える30代前半の男性がふたりと、20代後半の男性がふたりの4人チームだった。


 剣士が3人と弓士がひとりか。

 攻撃重視の戦い方をするんだろうか。


 俺たちを視界に入れると、少々驚いた様子で訊ねられた。


「んぁ?

 魔物の討伐依頼にしちゃ、重装備だな」

「この辺りじゃ見かけないし、もしかして"迷いの森"に向かうのか?」

「あぁ、そのつもりだ。

 何か助言があれば助かるんだが」

「助言も何もなぁ……」


 顔を見合わせる4人は、こちらに向き直って答えた。

 どうやら冒険者ギルドで聞いた内容の通りだったようだな。


「助言はできないが、ここから真っすぐ西に向かうと辿り着くぞ」

「その表現は間違ってるだろ。

 そもそも"迷いの森"だと認識できるようなもんでもねぇぞ」

「ここからだと……そうだな。

 大体30分くらい歩いて行くと問題の場所だと思うんだが、気が付くと森の入り口を歩いてるから気を付けろよ。

 どこに出るかも分からねぇから、迷ったら森を出て、大きく迂回するとリンドホルムに戻れるぞ」


 随分と親切だな。

 ……あぁそうか、そういうことか。


「4人も挑戦したクチか」

「まぁな」

「むしろ、リンドホルム出身の冒険者はほとんど試してるんじゃねぇかな」


 どうやら詳しく聞いてみると、成人の儀みたいな扱いをされてるらしい。

 まるで肝試し感覚ではあるものの、誰もが一度は挑戦してるような場所で、その全員が"迷いの森"を突破できなかったようだ。


 やはり何かあるのは間違いなさそうだ。


「実力の伴わない初心者だけで向かう場合があってよ、そういった連中の大半は町から相当離れた場所に出て、半泣きしながら帰って来るんだよな!」

「あるある!

 そういうのに限って、出かける前は威勢がいいんだよ!」


 町から遠くの場所に出たのはたまたまだろうと4人は話すが、迷いに迷って遠くに出た時の精神的な負担はかなりのものだと思えた。


「ま、お前ら強そうだし、問題ないだろ。

 初心者なら一応止めてたけどな」

「忠告しても聞かないからな、なりたて冒険者は」

「かといって、付いてくわけにもいかねぇしなぁ……」


 どうやら、随分と面倒見のいい先輩たちに会えたようだ。

 本来、先輩冒険者ってのはこうあるべきなんだろうな。

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