第175話 住みたいと思えない

 先輩たちはこの周辺で魔物の討伐依頼を日々受けているようだ。


 熟練冒険者と思えるチームが町に近い場所で?

 そう感じるのも当然だと向こうも判断したんだな。

 彼らは笑いながら話をしてくれた。


「魔物が全体的に弱いリンドホルムに大した仕事はねぇんだ。

 俺らが受けたのもボアやディアの間引きと周辺調査の複合依頼だから、そこいらを歩いてる他のチームと大差ないはずだろうな」

「薬草もそこそこいいのが手に入るし安全に暮らすなら最適なんだが、それほど高額の収入にはならないんだよな。

 そういった点を考えると、実力者はセーデルホルムで活動してるやつが多いと思うぞ」


 収入がすべてではないといっても、あまりに少ないと町を離れる冒険者も多いのが現状なのか?


 俺個人としては、それほど大金を稼ぎたいとは思わない。

 あれば火種に繋がる場合もあるし、冒険者は目立つからな。

 活動すればするだけ稼いでると判断されるのもどうかと思うし、静かに暮らすならほどほどの稼ぎで留めておくほうがいい気がするのは俺だけなんだろうか。



 それにしても、複合依頼か。

 ひとつの依頼で違うことも要求される依頼と聞いたが、依頼内容としてはそれほど難しいものではなさそうに思えた。

 魔物の討伐をしながら森を歩き、町の近くに脅威がないかを調べる仕事だな。

 難易度を考えると若手冒険者でも十分達成できるものだろう。


「複合依頼ってのは、何か調査報告書でも提出する必要があるのか?」

「ないない!

 そんな面倒な依頼なら、討伐依頼のみを受けてるよ!

 あくまでも口頭での報告だけだな!」

「随分と曖昧に聞こえるが……」

「住んでるやつこそ多いが、リンドホルムは田舎だからな。

 周囲報告の報酬金もあってないようなもんだけど、問題が発生したと確認できた情報に限って高額報酬がもらえるんだ。

 基本は異常もなく報告できるから、そんな仰々しいもんでもねぇんだよ」


 なるほどな。

 危険種の痕跡を含む"町の厄介事"となりそうな情報は、それだけで価値があるとギルドから判断されるのも当然か。

 一般的には職員が雇ったスカウトチームで調査をすると聞いたが、この方法なら冒険者に討伐依頼をしつつ周囲も調べられる。


 他所で同じことができないのは、対象の範囲が大きすぎて報酬的にも情報を纏めるのも難しいってことなのかもしれないな。


「大抵は異常もない森なんだが、極々稀にヒュージにもならない程度の大きなボアが群れで巣を作ることもあるらしいぞ。

 その場所を報告するだけでも割といい金になるって聞いた。

 もちろん鉢合わせる場合もあると思うが、結構安全に討伐できるんだよな」

「まぁ、多少大きくてもボアだからな。

 この周囲にいるやつらは、こちらを見つけてもまずは威嚇するだけで、いきなり襲い掛かってくることもない臆病な性格をしてる。

 さすがにこっちからちょっかい出して負けるやつは、新人にもいないだろ」


 楽しそうに笑い合う4人を見ながら、俺は別のことを考えていた。


 パルム周辺のディアのような魔物だろうか。

 だとすると、少し特殊なボアなのかもしれないな。


「リンドホルム周囲に生息する固有種なのか?」

「あー、どうなんだろうな」

「そいつは学者先生でもなければ分からんだろ。

 まぁ、臆病なら臆病でキレると危ねぇんだけどな」


 どうやら逆上すると、手が付けられないくらい暴れ出すようだ。

 追い詰めれば追い詰めるだけ危険な相手らしいが、それならそれで対処法があると彼らは話した。


「弓とか魔法で遠くから一斉に狙えば倒せるからな」

「倒しきれなくても瀕死だし、厄介な魔物でもねぇんだよ」

「不思議な森だな、ここは。

 魔物の数も少ないみたいだし、随分と静かだ」


 曖昧な表現をしたが、周囲から感じられる気配はとても穏やかだった。

 まだまだ町に近いからかもしれないが、これまでは小動物しか見かけてないくらいだし、この森全体が特殊なほどに静かなんだろうか。


「この"リースベットの森"は、どこよりも穏やかだって話だぜ。

 正直、リンドホルムなら他の町よりも安全に暮らせるだろうな」


 本当に不思議な、特殊とも言えるような場所みたいだな。

 それでも、リンドホルムに住みたいと思えないのは不可侵領域が広がるからか。

 詳細が分からないからこそ異質に感じるだけかもしれないが、ギルドで話を聞いてからずっと何かが引っかかってるんだよな……。


「んじゃ、俺らは行くぜ。

 引き際は心得てると思うが、あんまり入れ込み過ぎるなよ」

「あぁ、色々情報をありがとう。

 無理ない程度に進んでみるよ」


 それじゃあな。

 笑顔を見せながら言葉にした先輩たちは、森の北側へと歩いて行った。

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