第176話 最悪な発想しかできなかった

 4人と別れた俺たちは、"迷いの森"を目指して足を進めた。

 気になる情報は多々あるが、まずは行ってみないことには判断もつかない。


 だが、違和感がなくならないどころか募るばかりだ。

 本当にこのまま進んでいいのかとすら思えた。


 そのひとつが、知覚できないと聞いたものの存在か。

 まるで人を惑わすように何らかの影響を受けるようだ。


「ここから30分くらいって話だったか」

「けどよ、いつの間にか別の場所を歩かされてるなんて、ありえんのか?」


 怪訝そうにヴェルナさんは言葉にするが、答えなんて出るはずもない。

 だからこそ、強い違和感として今も警戒するように俺たちは周囲へ意識を向け続けてるくらいだからな。


 これまで挑戦してきた、数えきれないほど多くの冒険者たちと同じように森を彷徨う可能性は非常に高い。

 そうなれば、森の中を長時間歩かされることになるだろうな。


「"気が付くと"って言ってたな。

 そうなると、何か魔術的な影響を受けるのかもしれない」

「魔術的な影響?

 魔道具の類で意図的に進ませないようにしてるやつが森の奥にいるって意味か?

 俺もヴェルナも詳しくねぇが、そんなアイテムが存在するとも思えねぇぞ」


 確かに触れた者へ影響を与える広範囲を覆い尽くす魔道具があるとは思えないが、そのすべてを知るほどの知識がない以上はどちらとも結論は出せないだろう。


 この発想も"異世界人の知識"から発想しているのか。

 当然、それらが創作物の情報だと認識してるつもりだが、それでもこの世界でどう扱われているのかも分からないんだから、結論付けるのは早計だ。



 そういった結界のようなものを利用し、隠れ住んでる者がいるのかもしれないと仮定して、それが世捨て人であれば、何らかの意味があって隠遁いんとんしてるんだろう。

 もしかしたら犯罪者である可能性も捨てきれないが、限りなく低いはずだ。

 そんな技術力を持ったまま隠れ住めば、世界中から指名手配されていてもおかしくはないし、これまでの旅路でそういった危険人物がいるとも聞いたことがない以上はさすがにありえないか。


 しかし、もしも魔道具で人を惑わすような結界的な何かを広範囲に張り巡らせているのだとすれば、厄介なことこの上ない。

 俺は魔力を感知できないし、突破できる能力を持っているとも思えない。


 それに知識がゲームやアニメなどの創作物からのものしか持ち合わせていないんだから、俺にできる対策はほぼないと言っていいだろう。


 ……そんなことが可能なのは、一条か?

 勇者が持つと聞く"光の魔法"なら、あるいは……。


 だがその場合は俺たちも彷徨った挙句、森の入口へ戻されることが確定する。

 先輩たちの話では知覚できずに歩かされるようだから認識すら困難なんだろう。


 特殊な結界を張る装置のようなものが"迷いの森"の手前にあるとも思えない。

 そんなものがあれば、とっくの昔に冒険者たちが森を突破してるはずだからな。


 となれば、別の突破方法があるはず。


 ……たとえば"キーアイテム"の存在か。

 まるで呪術を打ち破るような道具があれば越えられるかもしれないし、それがいちばんシンプルな解決法だとも思えるが、実際に捜し歩くとなれば難しいと言わざるを得ないだろうな。


 情報が少なすぎる。

 あるかないかも分からないアイテムを探すのは、現実的じゃない。

 時間ばかりを無駄に浪費し、結局は別の手段を見つけなければならなくなる。


 もちろん、そうはならないことだって十分にあるだろう。

 異世界人であれば違った発想ができることも考えられるし、俺や一条なら別の視点や観点から手掛かりを見つけられるかもしれない。



 だが、そんな仮説よりも、遥かに気になっていたことが現実味を帯びてきた。


 そもそも、なぜこんな状況になっているのか。

 仮にこの世界の住人には見つけられない仕掛けだとすれば、異世界人にしか見つけられない可能性がある。


 それも勇者である一条にしか突破できない広範囲の結界だった場合、本格的な準備が必要になるんじゃないだろうか。

 正直、俺には最悪な発想しかできなかった。


 それは、つまるところ――


「――なぁ。

 おっかねぇ話、してもいいか?」


 いつになく警戒心を込めて、ヴェルナさんは言葉にした。


 人が踏み入れられない広範囲の不可侵領域。

 知覚させることなく戻される厄介な場所。

 "最西端"に位置する森の、さらに奥。

 異世界人、それも勇者にしか突破できない可能性。


 そこに気付けないふたりじゃない。

 だからこそ、サウルさんにも緊張が走る。

 その可能性・・・・・に自然と辿り着けたのも当然だろうと思えた。


 血の気を引かせた彼女は、静かに言葉を続ける。

 仮説に過ぎない話を否定できない俺たちは、ただただ冷たく感じる風をその身に受け続けながら立ちすくむように足を止めた。


「……この先に、"魔王"がいるんじゃねぇか?」



 ……アウリスさん……。

 あなたは俺に……いったい何を……求めているんだ……。

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