第177話 正しいとは限らない

 随分と間を開けて、サウルさんは言葉にする。

 そうであってほしいと、そんな気持ちを感じさせる声色で。


「……"北の果て"じゃ……ねぇのか?」


 言いたいことも理解できる。

 確かに明記されていたからな。


 しかし……。


「そいつは本の中での話だぞ、サウル。

 そもそも何で"北の果て"としか書かれてなかったんだ?」

「……そりゃあ、魔王がいたから、だろ……」


 ヴェルナさんに自信なく答えるサウルさんだった。


 いや、頭の中では理解してるんだな。

 本に書かれた内容がすべて正しいとは限らないと。


「それに勇者が魔王を倒したってんなら、なぜハルトとカナタが呼ばれたんだ?」

「……つまり、あれか。

 魔王が別の場所に復活した可能性ってことか」


 あくまでも可能性に過ぎないが、十分に考えられた。

 だからこそ再び"勇者召喚の儀"が行われたんだ、とも思える。



 だが、仮に本の情報が正しくないとするなら、この先へ向かうのは良くない。

 いきなり遭遇することはないと思いたいが、実際に居城があるとも限らないし、封印されるように現在も眠ってる可能性だってありうるんじゃないだろうか。


 いや、それ自体が必要なくなっているからこそ、人を惑わす空間を創り上げているのかもしれない。


 そうだとすれば、かなり厄介な状況だと思えてならなかった。

 今にもこの森から現れ出ることだってあるんじゃないのか?

 魔物の大群を引き連れて人類に襲いかかる危険な相手だった場合、それこそ全人類が絶滅するか魔王を倒すかの総力戦になる。


 もしもその戦いで負けた場合、文字通りの意味で世界は闇に包まれてしまう。

 このまま俺たちが進み続ければ、その引き金となる魔王の復活に加担する可能性もゼロじゃない。


 もちろんそれは"結果的に"ではあるが、勇者が扱う光の魔法でしか倒せないと言われているのが真実だとすれば、最悪の軽挙妄動となるのは間違いない。



 ……森を無策に進むのは危険か?

 いくら調査依頼とはいえ、世界を混沌に陥らせるような真似はできない。


「正直に言えば、危険な気配は微塵も感じない。

 俺の感覚が麻痺してるのかもしれないが、ふたりはどう思う?」

「俺ぁ、まったく分からねぇな。

 嫌な予感はしないが、いい予感があるわけでもない。

 どうするべきかの判断もできないぞ」

「同感だな。

 色で言うならグレーだ。

 白でも黒でもないが、かといって危険は感じない微妙なとこだから、進退はリーダーが決めればいいとアタシは思う」


 ふたりの意志は丸投げではなく"信頼"だ。

 それを強く感じさせる気配を向けてくれている。


 たとえ、この先に待ち受けているのが魔王だろうと腹を括っているのか。

 まるで自身の命を俺に託すかのような発言に、チームリーダーとしての責任が重くのしかかる。


 ……覚悟が足りないのは、俺なんだな。


「……直感を信じて進もう。

 ここで考え続けても答えは出ない。

 けど何か違和感があればすぐ戻れるように、今以上の警戒を続けよう。

 しばらく進んだら広範囲索敵を使うから、そこで休憩を取ろうと思う」

「広範囲索敵って、パルムで使ったってあれか?

 ハルトに相当の負担がかかるんだろ?

 身体的に問題は出ないのか?」


 心配をするサウルさんだが、その点は然程問題にはならない。

 ふたりには負担をかけることもあるだろうが、安全に進むのなら必須だ。


「行動に制限はかかるし、その状態で戦えば手加減が一切できないから、もしも敵対者・・・が来た場合はふたりに捕縛を頼むかもしれない」


 広範囲を索敵したところで何が分かるものでもない場合もあるだろう。

 人に知覚できないのだから、気配を探ったとしても理解できるとは限らない。

 だとしても、できることはすべてしておきたいと思えた。


 同時に、最悪の想定を考慮しながら進む必要がある。

 何かに触れた瞬間、魔物が一気に押し寄せる可能性も考慮したほうがいい。


 そんな意を酌んでくれたふたりは、どこか迷いを振り払った表情を見せた。


「了解だ。

 魔王の手下だろうが、アタシがぶっ飛ばしてやる。

 情報を聞き出せる程度に手を出してもいいんだろ?」


 不敵な笑みを浮かべるヴェルナさんに、俺たちは苦笑いしか出なかった。


「……悪者のセリフだな、そいつは……」

「るっせぇな!

 こんな場所で襲ってくるんだ!

 ボコボコにされても文句なんて言わせねぇよ!」


 なんとも彼女らしさが光る勇ましさに俺は救われながら、足を進めた。




 *  *   



 休憩と索敵を繰り返しながら進み続けていると、サウルさんに声をかけられた。


 随分とふたりには心配をかけているようだ。

 そわそわとした視線をちらりと向けるヴェルナさんにも申し訳なく思えた。


「……これで3度目だな。

 大丈夫か、ハルト。

 さすがに無理しすぎじゃねぇか?」

「いや、問題ないよ。

 多少の疲労感はあるが、すぐに自然回復する」

「ハルトの苦労もむなしく、なんにも分からず仕舞いか……」


 先頭を歩きながら、俺はふたりの話に耳を傾ける。

 最悪の事態を想定するなら、"何もない"ことは悪い状況でもないはずだ。


 そう信じて進むようにしてから3度目の広範囲索敵だったが、これといった変化は一切感じなかった。


 しいて言えば魔物はもちろん、小鳥を含む小動物すらも見かけなくなったことは異質だと思うが、たまたまこの辺りにはいないだけなのかもしれない。

 しかし、別の可能性が濃厚のような気がした。


「……これは、俺たちも"迷いの森"に捕まったと判断して――」


 会話の途中で俺は言葉を失い、足を止める。

 同時に後ろにいるふたりもその場に待機した。

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