第178話 進むべきだと
何かに触れた。
そう感じた俺は半歩後ろに下がり、右手を前に出す。
同時に、俺は眉にしわを寄せた。
「なんだ?」
「何かあんのか?」
「……あぁ、いま手のひらに触れてるよ」
その様子に強く警戒するふたり。
周囲確認に集中したが、やはり小動物一匹いなかった。
問題は、手のひらに感じるモノだ。
無色透明で薄い空気の膜を思わせる感触だろうか。
この感覚をふたりに説明するのは難しい。
別のものに例えるとしたら、これがいちばん適切だろうか。
「……密度の違う空気を感じさせるものがここにある。
確かなことは分からないが、恐らく原因はこいつだな」
「"人を惑わす仕掛け"か……」
「あぁ、そうだと思うよ」
「どうする?
ハルトの意志にアタシは従うぞ」
「……お前、そこは俺も含めてくれよな……」
「悪い悪い。
他意はないんだ」
軽く笑い合う楽しげなふたりとは対照的に、俺はどうするべきかを考えていた。
そもそもここを越えられたとして、戻れる可能性はあるのか?
保証なんてあるはずもない。
だとすれば、俺の判断がふたりの生死に関わる。
しかし、俺の中ではこれまでにない感情が生まれていた。
「嫌な気配は一切感じない。
だが、
「……迷いが感じられないな。
どうしたんだ、急に」
「俺にも分からない。
けど、俺はこの先に
「なら決まりだな」
即答したヴェルナさんに、俺は思わず訊ねた。
「いいのか、そんな簡単に決めて。
内心では俺も驚くほどの感情が急に湧いたんだぞ?」
「問題ねぇよ。
アタシらはチームだからな。
生きるも死ぬも、後悔のねぇ選択をするだけだ」
「俺らはハルトに付くと決めてここにいる。
この先に待ってるのが魔王だろうと、お前が行くなら同行するだけだ」
力強いふたりの言葉に、自然と言葉が溢れた。
「……ありがとう」
「よ、よせよ、いまさらだろ!?
さすがに背中が痒くなるぞ!」
「悪い。
でも、きっと良くないことは起きないと思う。
だから進もう」
「おうよ!
そのために旅をして来たんだ!
ここで何も分からないまま下がれるかよ!」
気合を入れ直し、俺たちは足を進める。
空気の層にも思えるものが拒むようなことはなく、すんなりと入ることができたのには驚いたが、その感覚はまるで俺たちを受け入れてくれたように感じられた。
しかし5分ほど歩いた頃、俺が取った選択が正しかったのかを本気で考えさせられるものを視界に捉えることになる。
* *
「……なん……だ……あれは……」
驚愕以外の感情が湧かないものを、俺はその目にしていた。
"常軌を逸している"なんて言葉では言い表せない現状を目の当たりにし、これまで経験したこともないように心の声が俺の口から自然と溢れ出た。
近くまで来ると、あまりの異様さに言葉を完全に失う。
例えるのなら、"闇の
漆黒の闇が集合して緩やかに流動する、天を貫かんと聳え立つ壁にも見えた。
左右を確認するも、まるでどこまでも続いているのか分からないほど広範囲に広がっているその光景は異質そのもので、見た目のおぞましさから判断するならこの表現しか出てこなかった。
"魔王城"、その外壁部。
ここより先は、人がいるべき領域ではない。
俺にはそう思えてならなかった。
重々しい靄のような闇は、まるですべてを飲み込まんとしているように見えた俺は、引き返すべきだと進言をしようと背後にいるふたりへ視線を向けた。
しかしふたりを見た瞬間、別の言葉が溢れてきた。
「……どうしたんだ、ふたりとも……」
ひどく疲れたような、そんな表情に見えた。
まさか眼前に広がる"闇の壁"の影響か。
そう思えた俺は言葉にした。
「ふたりとも、すぐに――」
「――なぁ、ハルト。
アタシらはここで待ってるから、お前は先に進んでくれ」
思いがけないヴェルナさんの話は、俺の思考を凍り付かせるには十分すぎた。
「……どういう……こと、だよ……」
「……なんて言うかな、表現し辛いんだ。
ともかくハルトはこの先に行くべきで、アタシらはこの先には
お前なら多少の影響はあっても越えられるが、アタシらには無理なんだ。
それを本能的に察しちまったから、この辺りで待ってるよ」
「……悪いな、ハルト。
俺も上手く説明できねぇんだが、お前がここに戻るまでには話を纏めとく。
そん時には必ずお前自身が納得のいく話をできるようにしとくから、今は何も聞かずに先へ進んでくれ」
……なんだよ、それ……。
どういう……ことなんだよ……。
「……正直に言えば、俺らもかなり混乱してるんだ。
今この場で説明できないことに申し訳なさを強く感じるが、"この先に行くべきだ"と判断したハルトの感覚は間違いじゃねぇし、お前を拒むような場所でもねぇ。
信じられないかもしれないが、今は迷わずに前を目指してくれ」
強い意志を感じさせる瞳をふたりは見せた。
だとすれば、俺にできることもひとつだけだ。
「……わかった。
じゃあ、行ってくるよ」
「あぁ、行ってこい。
俺らはこの辺りで待機してるからな」
……本音を言えば、聞きたい気持ちは非常に強い。
だが、ふたりには越えられないが俺には越えられる場所だってことは、つまるところひとつだろう。
異世界人の俺と一条にしか進めないんだ。
それを本能的に見極めたことも、この世界の住人だからこそなのかもしれない。
どんな原理なのか俺にはまったく分からないし、見た目こそ危険を感じる。
この世界の住人であるふたりにとって害悪なものだと判断したのなら無理強いはできないし、彼らも何かを掴んだように見えた。
だとすれば、考える時間が必要だと判断したんだろう。
戻ってきた時には話すと言ってくれたんだ。
俺はふたりの言葉を信じてここを進めばいい。
まるで確信するような感覚で、俺は"闇の壁"へと足を進めた。
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