第179話 お前も分かってんだろ

「……行っちまったな、ハルト……」

「……そう、だな……」


 呟きながら、ハルトが見えなくなった場所をふたりは見つめる。

 切ないような、申し訳ないような、とても複雑な心境で。


 同時に彼女たちは、自分自身がした発言に苦しめられていた。



『問題ねぇよ。

 アタシらはチームだからな。

 生きるも死ぬも、後悔のねぇ選択をするだけだ』


『俺らはハルトに付くと決めてここにいる。

 この先に待ってるのが魔王だろうと、お前が行くなら同行するだけだ』



 ……なんて無責任な言葉なんだろうか。


 彼女たちは、自らが放った言葉にひどく後悔する。

 それを思い知らされたように、ふたりはその場に立ちすくんだ。



「……なぁ、サウル。

 …………アタシら――」

「――言うな。

 ……もう、お前も分かってんだろ?」

「…………まぁ、な……」


 いつになく弱気な発言をし続ける彼女に、サウル自身も切ない気持ちになった。

 "仕方のないこと"だと言葉にするには、あまりにも辛い現実を思い知らされた。


「……悔やまれるのは、何も知らずに発言した自分の馬鹿さ加減と、ハルトが本当に必要とする時に俺たちが力を貸せねぇのが確定したことだ」


 彼らはそうしたかった。

 いや、するつもりだった。


 ハルトが魔王と敵対するのなら、俺たちだって力を貸す、と。


 彼の性格上、独りで行くと言葉にしたかもしれない。

 大切な仲間たちを護るために、たった独りで進む道を決めたかもしれない。


 そんなハルトに、ふたりはこう言ってやりたかった。



『水くせぇこと言うなよ。

 アタシらは"チーム"だろ?』


『なら、お前の覚悟に俺らも付き合わせろよ!』



 そう言葉にしたかった。

 しかし、ふたりにはできなかった。


「……悔やんでも……悔やみきれねぇな……」

「……けど……けどよ!

 …………こんなのって…………ねぇよ…………」


 今にも涙してしまいそうなほど悲痛な面持ちを見せるヴェルナ。


 こんな弱々しい姿など、彼女は誰にも見せたことがない。

 ハルトはもちろん、親交の深いサウルも見たことがなかった。


「……地獄としか、言いようがないな……。

 ……こんな状況を知って、それでも希望を見出せるやつが存在するのかよ……」


 闇に覆われた壁のようなものを見上げながら、サウルは呟く。

 同時に彼は、"この先"の調査をさせようとしたアウリスの意図を深く理解した。


 そして、だからこそ・・・・・異世界人でなければ魔王は倒せないのだと、ここに来てようやく彼らにも理解することができた。


 だが、それを理解したところで納得などできるはずもない。

 彼の心は千々に乱れ、未だに話を纏められずにいる。

 それでも、これだけはサウルにも答えを出せた。


 ハルトは、この世界に必要とされて・・・・・・呼ばれたのだと。

 彼は彼の役割を担い、それを全うしてもらうために召喚されたのだと。


 ……いったい誰に?


 その答えも、眼前に広がる闇の先にすべてがある。

 サウルとヴェルナは、それを強く感じていた。


「……そうか。

 あいつらも、知ってたんだな」


 だとすれば辻褄が合うと、サウルは考える。


 アウリスだけじゃない。

 他にも多くの者がそれに気づき、己が信じた行動をしていたのか、と。


 なら、自分たちはどうか?

 "真実"に触れ、それを強く意識させられた以上、これまでのように旅を続けることはもう不可能だ。

 同時に、世界が破滅へ向かっているのも、眼前の闇を見れば納得してしまう。


「……本当に、時間がねぇのかもしれねぇな……」


 その場に力なく座り込むふたり。

 すでに周囲警戒も完全に解いていた。


 周囲に魔物などいるはずがない。

 動物など、来るはずもない。


 ここはそういった場所ではないのだから、いくら警戒したところで無意味だ。


「……アタシら、どうするのが正解なんだろうな……」

「……正解なんて、どこにもねぇんじゃないかと、俺には思えるぞ。

 こんな時はどうすればいいか、お前が言ってただろ?」

「……"直感"、か……。

 もしそれが間違ってたら?」

「弱音吐く気持ちも分かるが、お前らしくねぇぞ。

 自分で選んだ答えに後悔するなら、それでもいいじゃねぇか」


 冒険者とは、生死すら一瞬で決まる危険な状況に身を置き続ける者たちだ。

 決断したものに自身を託せないようなら、そいつは冒険者じゃないとサウルはこれまで強く感じていた。


 その感覚から判断すれば、ヴェルナが訊ねたものは愚問だと彼には思えた。


「……もう答えは出てんだろ、お前もよ。

 俺たちは"冒険者"だ。

 自分てめぇが選んだ判断が間違って終わるなら、誰の責任でもねぇだろうが」

「…………そうだな」


 力なく、彼女は言葉にする。


 そんなこと、サウルに言われるまでもない。

 彼女もまた"冒険者"なのだから。

 誰よりも自由を求めた、冒険者なのだから。


 ハルトよりも遥かに長い時間を冒険者として過ごしたのだから。


「……俺たちにできるのはここまで・・・・だ。

 あとはハルトが"根源"と対峙するまで力を貸せる程度、か……」

「……それでもアタシは……あいつと少しでも長く、一緒にいたいよ……」

「なら、そんな弱気は今だけにしとけ。

 あいつが今のお前を見たら、絶対に心を痛めるからな。

 俺たちの旅はとうの昔に終わってたが、あいつの旅はまだ続くんだ。

 ギリギリまでハルトの心を支えるくらいには、なってやりてぇじゃねぇか……」

「…………そう、だな」


 ヴェルナにはサウルの言葉が、今にも消え入りそうなほど小さく聞こえた。

 そのまま大の字に横になった彼女は、一筋の雫をこぼした。


「……ままならねぇな、ほんとによ……。

 もっとこう、違った人生を歩めると思ってたぜ……」

「……ヴェルナ……」


 彼女から溢れた雫に言葉を失うサウル。

 そんな彼にヴェルナは小さく言葉にした。


「……雨……降ってきたな……」

「……そうだな」


 どこまでも澄み渡るかのような青空を見上げたサウルは、ハルトの未来を憂いながら、これまでの軌跡を心に刻むように辿った。

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