第164話 決まりだな

 馬車乗り場に行くと、数名の人がひとつの馬車を囲うように立っていた。

 その様子からまさかとは思ったが、どうやら予感は的中したようだ。


「何か問題があったのか?」

「えぇ、そうなんですよ……」


 御者と思われる男性に訊ねると、困った様子で答えた。

 何でも町を出るのに使う予定の馬車の車軸が折れたのだとか。


「昨日はもちろん、早朝にも点検して万全だと判断したのですが、見ての通り豪快に折れまして……」

「すげぇ折れ方をしてるな。

 荷台の積載重量を超えて耐えきれなかったのか?」


 さすが生業としていたサウルさんだな。

 ひと目見ただけで折れた個所の原因を言い当てた。

 同業者と判断した御者の男性と何やら難しい話を始めたふたりだが、車軸以外には特に問題がないと俺たちに伝えた。


「……まさか町を出る直前でこんな事態が起きるなんて」

「それでも起きないわけじゃないだろ?

 代わりの馬車を用意すれば済む話じゃないのか?」

「それが昨日、林業ギルドから緊急の要請が入りまして……。

 準備を済ませた予備の馬車も2台用意していたので、大きな問題にはならないと組合は判断したのですが、そのもう一方の荷台がなくなってることに気付き、現在憲兵にも相談する事態に……」

「……なんだよ、それ。

 荷台だけ持ってかれたってことか?」


 急遽必要となった荷台を、林業ギルドの職員が誤って余分に持っていった可能性が高いらしい。

 問題はもう一方の、本来使うはずだった馬車の状態が深刻のようだ。


「……確かにありえない話ではないですが、それでも積載量を超える重さは載せていないこともあって、戸惑いが隠せないんです……」

「乗客は何人だ?」

「4名です。

 我々の前に出立した馬車が2台ありますから、それほど多くの方を乗せる予定もなかったんです」

「たった4人乗せただけで車軸が折れたってのは、ちと意外だな」

「いえ、それが……」


 歯切れの悪い御者の男性だが、続く言葉には素人の俺たちでも眉にしわを寄せるだけの違和感を覚えた。


「……大人の男ひとりを載せただけでヘシ折れたってのか?

 俺の実体験はもちろん、人からも聞いたことねぇ事態だぞ……」

「そうなんですよ。

 ほとほと困っているんです……」


 御者の男性は、困り果てた表情で言葉にした。


 木製の車軸だから急に折れることもあるとは思うが、それでも乗っただけで衝撃としなりに強いはずのものが、点検もした上で急に折れたりするのか?


 こういったことにも俺は詳しくないから、力になれないだろう。

 他の客と同じように見守るくらいしかできないか。


 どうやらヴェルナさんも同じ結論を出したようだ。

 だが、急ぎの旅でもないとはいっても、これはこれでいい機会かもしれない。

 そのことに気付いたサウルさんは言葉にした。


「……出立は、修理が終わり次第ってことだよな?」

「えぇ、そうなります。

 現在修理中で、出発は点検後の昼過ぎになる予定です」

「西から来る馬車はヴァレニウス行きに使うのか?」

「はい。

 もし"リンドホルム"行きの馬車をお探しであれば、もうしばらくお待ちいただくことになります」


 となると、これは俺たちからすれば悪くない話に聞こえた。

 逆に言えば今回を逃すと、提供した荷台がギルドから返却されたとしても、しっかりと安全が確認できるまで随分と時間がかかるようだ。


 車軸が豪快に、それもありえないような折れ方をしたんだ。

 この町の乗合馬車組合が所有する馬車をすべて点検し直すまで動かせないのも当然か。


「恐らくは2週間、場合によってはそれ以上かかるかもしれません」

「そんな状況で町を出ても大丈夫なのか?

 うちには小さな子がふたりもいるんだが……」


 現状を聞きに来たんだろう。

 20代前半と思われる若い男性が御者に訊ねた。


 小さな子供をふたりも抱えているんなら、その不安も相当なものだろうな。

 それでもリンドホルムに向かわなければならない理由もあるのなら、できる限り払拭したい気持ちも分かるつもりだ。


 だが、それでも昼過ぎには町を出られる予定なら、ある意味では俺たちも同行したほうがいいと思えた。


 途中、馬車が使えなくなっても、俺たちがいれば子供を抱えることもできる。

 大人なら歩ける距離でも、小さな子には厳しいからな。

 街道を歩いてても遭遇する魔物も多いかもしれない。

 様々な面で俺たちも付いて行ったほうがいいと思えた。


「そんじゃ、決まりだな」

「……また顔に出てたのか」

「あんま気にすんな。

 アタシがちょいと過敏なだけだよ」


 ぽんぽんと肩に手を乗せるヴェルナさんだったが、内心では若干へこんでいた。

 これは相当に鍛錬を積まなければ身に付けられない技術なのかもしれないな。

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