第165話 何もかもが特別に
「――すると魔王は手を振り上げて闇の魔法を使い、勇者に襲いかかった。
勇者は光の魔法で闇を払い、魔王に向けて言った。
『この私に邪悪な力は効かない!
正義は悪にぜったい負けないんだ!
お前を倒して私は世界を救ってみせる!』
勇者は剣を魔王に向け、光の魔法を――」
セーデルホルムを出て3日。
俺はここ最近の日課となっている、本の読み聞かせを小さな子たちにしていた。
いつものように目を丸くしながら体を寄せて聞き入るふたりは、ぽかんと口を開けたまま事の成り行きを見守った。
双子のエレオノーラ、エレオノールはとても良く似ている。
一卵性双生児だと思えるほど、顔はもちろん性格までそっくりだ。
顔立ちは母の美しさを引き継ぎ、性格は父譲りのものだと彼女たちの両親はとても嬉しそうに最愛の我が子のことを話した。
だが、そろそろ時間になる頃だろうか。
そう思った矢先、母親であるエルヴィーラさんは呆れた様子で言葉にした。
「ほら、夜も遅いんですから、もう寝ましょうね」
「「えぇー!」」
息もぴったりなら、表情もまるで鏡に映したようだった。
双子をかまうのは初めてだが、中々面白い反応を見せてくれた。
「もうちょっとだけ「ダメ」」
「あとほんとにちょっと「だーめ!」」
「続きはまた明日にしような」
「……うん。
ハルトおにいちゃんがいうなら、そうする」
「じゃあ、ねむるまでおはなしききたい」
「そうだな。
それじゃ、行こうか」
「「うん!」」
「……もう、この子たちは……。
本当にいつもいつもすみません……」
随分と聞き慣れた言葉に聞こえたが、気にしなくていいとエルヴィーラさんに伝え、まだまだ眠くなさそうなふたりと手を繋いで寝床へ向かった。
「……あの様子じゃ、当分寝そうもないね。
さすがに馬車の旅は少し早かったかな」
「可愛いくていいじゃねぇか。
アタシがガキの頃とは大違いだぜ」
「……そりゃあ、そうだろうよ……」
サウルさんじゃないが、俺もそう思えた。
ヴェルナさんは随分と個性的な子供時代を過ごしていそうだからな。
それにしても、"初めての旅"か。
それじゃあ何もかもが特別に見えてるだろうな。
見るもの聞くものだけじゃなく、肌に触れる風でさえも輝いて瞳に映っているのかもしれない。
「よし、それじゃ今日は何のお話をしようか」
「「たびのおはなし!」」
「旅か。
それじゃあ旅先の町であった"猫探し"の話にするか」
横になりながら星空を見上げる。
今日も輝かんばかりの星に異世界を強く感じた。
日本でも人里を離れた程度じゃ、これほどの輝きは見られないかもしれない。
どんなに慣れ親しんだ世界だろうと空気が相当汚れているんだなと思えた。
俺の両腕にしがみつき、今日も抱き枕にされながら話し始める。
カトリーナも今頃、カティと一緒に寝てるんだろうか。
良く寝る
きっと傍を離れずにいるんだろうな。
しばらく穏やかな口調で話し続けていると、ふたりは静かに寝息を立て始めた。
今日も随分とはしゃいでいたからな。
目に見えない疲労が一気に溢れたようだ。
……先ほどふたりに読み聞かせていた勇者と魔王の話を思い起こした。
あの本は特に違和感もないような大衆向けに作られた書籍で、あくまでも創作物として書かれているような表記がされたものだと思えた。
だからといって、そのすべてが作り物だとも思いたくないのが本音だ。
情報の少なさからそう思っている、もしくはそう思いたいのかもしれないが。
一部ではあるが、実話から取ってるんじゃないかと感じる言葉も使われていた。
たとえば魔王の闇を勇者が放つ光の一撃で振り払って世界を救うことや、勇者のみが使える特殊な技である点、そして最後には必ず勇者が勝っている部分などか。
物語として出版する以上、勧善懲悪で正義が勝つ作品は多くの読み手が好むと思うし、最悪の形で終わる後味の悪い絶望じみた悲劇を世に広めたところで受け入れがたいと世間に判断されても不思議ではないからな。
勇者が魔王に勝つ。
たったそれだけの内容でも、子供の教育には十分すぎるほどの影響を与える。
そもそも子供向けの絵本や童話は、情操教育のために作られたものが多い。
こんな言動をすれば自分にこう返ってくる、あんな人になったら周りからこう見られるといった道徳心を養うために大人が作ったものがほとんどのはずだからな。
俺がふたりに読み聞かせた書籍は、大人向けに書かれた内容を俺個人の主観で子供向けになるべく分かりやすく直しながら話したものだが、それでも道徳心に問いかける場面もいくつか載っていた。
ドラゴンとの対話の末に、結局は互いの正義を押し通すような形で結末を迎えたエピソードや、妖精族との協力関係を半ば強制的に結ばせる乱暴とも思える書き方など、どちらかと言えば魔王側じゃないかとも判断したくなるような、明らかに大人向けに書かれたエピソードがあったことには正直驚いた。
勇者と魔王の物語を書くだけじゃ、これほどの厚みはないってことの裏返しか。
でもなければ、明らかに創作物と思えるような妖精なんて曖昧な種族は出さないし、現実に存在すら確認されていないどころか世界中の誰もがいないと断言するらしいから、作品に重厚感を出すためのかさ増しなんだろうな。
……それはそれで寂しく思える俺がいるのは、中世ヨーロッパに憧れを持っているだけじゃなくて、心の奥では妖精のようなファンタジーを強く意識させる世界にも興味があるのかもしれない。
「「……うぅん……」」
寝てる時まで同じ反応をするんだな。
不思議な体験をしながら、俺は眠くなるまで美しく輝く星空を眺めていた。
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