第30話 許さねぇからな
銀の杯亭に戻り、受付にいたヘルガさんに旅立つことを告げて食堂に向かった俺は、一頭の"鬼"と対峙していた。
凄まじい威圧を放ちながら仁王立ちする父と、トレイを胸に抱えながらぽろぽろと涙する娘、それを慰める母の地獄絵図を体験することになろうとは夢にも思わなかった。
「……いい度胸してるな、ハルト……。
うちの娘を泣かせたんだ、あと半年は泊れ。
そして娘と付き合うな、というか絶対に許さん」
「……無茶苦茶だぞ……。
矛盾してることを言ってるって、自分で分かってるんだよな?」
「分かるが分からん!」
言いたいことも……いや、分りたくないな。
ともかくこの状況を改善しない限りは食事にありつけないようだ。
ちらりとヘルガさんへ助けを求めるように視線を向けると、苦笑いをしながらエンシオさんの態度を謝った。
「ごめんねハルト君。
でも、気にしないで。
あの人はただ、可愛い娘を取られるのが嫌なだけなの。
折角ミラの大好きな人ができたのに、遠くへ旅立ってしまうんだもの」
「おおおお母さん!?」
「あら、隠すことないじゃない。
私はハルト君なら大賛成よ」
「俺は、絶対に、許さん!」
とんでもない言葉がヘルガさんから飛び出し、エンシオさんに油を注いだ。
わたわたと慌てふためくミラの姿は可愛いが、さすがにこの世界で恋人を作るわけにもいかない。
だからといって、はっきりと断ることも俺にはできなかった。
優柔不断極まりないが、町を離れると告げただけでこの世の終わりだと言わんばかりの表情をされた子へ恋人がいるなんて、言えるわけがない。
まぁ、日本に帰らなきゃ会うこともできないが。
「……そろそろ食事をもらえるか?」
「持ってきてやる!
ゆっくり噛んで腹いっぱい食え!
今日はおかわりも自由にしてやる!
そんであと数日だけでもウチに泊れ!」
……妥協案を彼の口から初めて聞いたが、それを了承するわけにもいかない。
娘を溺愛しているのは十分わかるつもりだが、他の客がこちらをちらちらと見つめながら料理を摘み、連れと語り合う姿を見るのもそろそろしんどくなってきた。
「ほらほらあなた、ハルト君が困ってるでしょ。
今すぐ厨房に行って、お料理を盛りつけなさい。
ミラもお仕事に戻りましょうね」
渋々と持ち場に戻るエンシオさんと、元気を取り戻したミラだった。
これでようやく美味い食事が食べられそうだな。
ホッと胸をなで下ろすように、俺は小さくため息をついた。
* *
翌朝。
ぴったりと俺に引っ付きながら泣き続けるミラには困ったが、そろそろ時間だと告げると離れてくれた。
「ギルド依頼だから終えたら戻るつもりだ。
その時はまた、この宿に泊まらせてもらうよ」
「――!
絶対ですよ!
約束ですからね!」
「あぁ、約束するよ。
ふたりも色々とありがとう。
食事すごく美味かったよ」
「あったりまえだ!
こちとら本気で店構えてんだからな!」
「ハルト君も気を付けてね。
今度は4人でゆっくりとお食事しましょう」
「そうだな、考えておくよ」
家族の中で食事ともなれば、色々と面倒なことになりかねないからな。
そう思っていたんだが、俺の想像とは違う反応が返ってきた。
「……気をつけろよ、ハルト。
世の中、何が起こるかなんて誰にも分んねぇんだ。
必ず元気な姿でトルサに戻ってこい。
4人で飯の約束したんだ、破るなんて許さねぇからな」
「……そうだな。
十分に気を付けながら先を目指すよ。
エンシオさんの作る食事はどれも美味かったからな。
今度は4人で食べるためにも、必ず無事に帰るよ」
「おう!」
いつもの清々しい笑顔でエンシオさんとヘルガさんは見送り、ミラはとても寂しそうに、けれど俺を不安にさせないように精いっぱいの笑顔で手を振ってくれた。
それはまるで俺を家族と想ってくれているように感じられ、心が温かくなった。
俺は本当に恵まれてる。
この町に来てから、それをより強く感じた。
そう思える人たちにエールを送られながら、乗合馬車が待つ繋ぎ場へ向かった。
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