第31話 懐かしい気配
「そこにいるのは分かってる。
さっさと出てきたらどうだ?」
乗合馬車まで目前といった場所で俺は足を止め、物陰からこちらを監視するように見つめていた男の気配に向けて言葉にした。
現れたのは、見覚えのある男。
だがどうやら今度はひとりだけのようだ。
いやらしい笑い方をする気色悪さは感じるが、悪感情は隠し切れていない。
ここで揉めれば、またギルドに報告しにいかないといけないんだろうか……。
正直、アーロンさんに丸投げすればいいとも思うが、それはそれで迷惑になる。
ただでさえ厄介事を抱えているのに、追加で迷惑者を捕縛することになればさらに彼らの負担は大きくなるし、それこそアウリスさんたちにも申し訳ない。
ここで揉めるのは得策じゃないが、向こうはこのまま通してくれなさそうだ。
「テメェのせいで俺ぁ1週間のライセンス停止処分だ!
ツラのひとつでもぶん殴んねぇと腹の虫が収まらねぇ!」
「……連れがいないみたいだが、愛想つかされたんだな……」
「可哀想な目を俺に向けるな!
あいつらはギルドで酒盛りしてるんだよ!」
連中は冒険者ギルドに入れるようになったのか。
まぁ、この男の暴挙を止められなかったわけだから数日間の謹慎という名の"出禁"程度で済んだが、ギルドに睨まれたこともあって、しばらくはこの男と関わりたくないんじゃないかと俺には思えた。
同時に、懐かしいと思える気配がこちらに歩いてくるようだ。
「それで、何の用だ?
……まさか、まだ新人狩りなんて
よっぽどすることのない暇人なんだな、あんた……」
「だから!!
可哀想な目で俺を見んな!!」
「そんなに寂しいなら、かまってくれる人を見つけろよ」
「"かまってちゃん"でもねえ!!
ナメてんのかコノヤロウ!!」
人のことを舐めてたのはどっちだよ。
相手の力量も分からずに喧嘩売って返り討ちになっただけだぞ、お前は。
こういった相手には確実に理解できる"圧倒的な武力"を示した方がいいのか。
そんなことを考えていると懐かしい気配の男はこちらを見つけ、声をかけた。
「おー、鳴宮じゃねぇか」
「元気そうだな、一条」
「おうよ!
思ってたより
国にも至れり尽くせりで大満足だぜ!」
そうか、王国側にも高待遇をされているようで、ひとまず安心した。
それよりも、一条の身に纏っているモノのほうが遥かに厄介か。
「……すごい恰好をしてるな……」
「んぁ?
あぁ、この鎧か。
なんでも王都でいちばんの武具屋に飾ってあった"非売品"だ!
金ピカで「誰だテメェ!! 邪魔すんギャ――」"勇者様"には相応しいよな!」
男を無表情で殴り飛ばしながら、何事もなかったかのように話を続ける一条。
吹き飛び、地面を大きく転がった男には同情するが、正直どうでもよく思えた。
「……非売品なんて着ても大丈夫なのか?」
「店のオヤジに俺が勇者だって言ったらくれたんだよ。
"ぜひともお持ちください"って笑顔でな!
一緒に飾ってた大剣もくれたぜ!
いいだろこれ、名匠の最高傑作らしいぞ!
やらねぇからな!?」
「……いや、俺はいいよ……」
本心からの言葉がはっきりと出た。
満足そうな表情で左腰に差していた剣を半分ほど抜いて見せる一条だが、そんなゴテゴテと装飾が付けられたものを振り回しても大丈夫なのかと心配になる。
あくまでも客寄せとして"最高傑作"なんじゃないか?
そんな恰好をしろと命令されても俺は断固として断る。
大体なんだよ、その目にくるメタリックゴールドは……。
新手の目潰し攻撃かってくらい朝日を反射して輝いてるぞ。
一条のセンスの悪さに正気を疑った。
「まぁ、これも"勇者オーラ"が隠せない俺の才能が輝きすぎるせいだな」
「……確かに輝いてるが……」
目が痛いほどに。
そもそも、勇者オーラって何なんだよ……。
そんなわけわからんものが体からにじみ出てるのか?
「……そんで、誰だコイツ。
随分感じ悪りぃが、鳴宮のダチか?」
目を回してひっくり返る男を一瞥しながら一条は訊ねたが、その言葉はせめて殴る前に話してあげないとさすがに可哀想だぞ。
「違うが、気にしなくていい。
そのまま放置してかまわないぞ」
「そうか。
んでお前、こんなとこにいたんだな。
どっかで野垂れ死んでるんじゃないかって、これでも心配したんだぜ?」
「そのわりには楽しそうなチームを組んでるじゃないか」
「まぁな!」
皮肉が通じない鋼鉄の心を持つ一条を言いくるめるのは、かなり難しそうだな。
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