第32話 危なっかしい
ちらりと一条の後ろへ視線を向ける。
20代前半で凛とした女性騎士と、10代後半で眠たげな瞳の女性魔術師か。
その身なりからある程度の予想はしていたが、どうやらその通りのようだ。
「王国騎士団の副団長アイナと、王国魔術師団次席のレイラだ。
勇者の仲間には十分すぎる役職で、どっちもかなりの実力者だぞ!」
たしかにアイナさんから、かなりの覇気を感じる。
これは並大抵の努力では手にすることすら不可能な強さだろう。
恐らくは横にいるレイラも相当の実力者である可能性が高い。
残念ながら魔力に関してはまるで分からないから俺には判断できないが、それほどの強さを持つのなら一条にとってこれ以上頼もしい仲間はいない。
……気になる点がないと言えば嘘になるが。
「すごい肩書だな……」
「……そんなことない。
今はただの"新人冒険者"」
とても眠たげな表情でレイラは答えた。
思えば一条は城を自由に歩き回れるんだったな。
そこで出会ったことくらいは分からなくはないが、これも業務の一環なのか?
その答えは騎士のアイナが話してくれた。
どちらも良く似た薄い色の金髪と碧眼で落ち着きのある人たちだが、それぞれの部署で次席にまで己を高めたんだから、大人な風格が漂うのも当然かもしれない。
「ふたりとも、"元"がつきますよ。
むしろ私たちは
年齢と実力が嚙み合わなければ、周りから弾かれる。
嫌な世の中だが、そういったことも珍しくはない。
人間の行動は異世界だろうと変わらないんだな。
「……色々あったんだな」
「否定はできません。
でも、今はこうして自由に歩けるようになりましたので、私もレイラも満喫していますよ」
「……そだね。
あたしもアイナも、集団行動は元々好きじゃなかった。
そんな時、お城でカナタにナンパされた。
初めは"なんだこいつ"って思ったけど……」
「そうでしたね。
町で声をかけてくる軽薄な男性と同じかと本気で思いましたが、話してみると違うようですし、私たちも息が詰まると思えていた王城を出られたので、結果的には良かったと思っています」
「そ、そうか」
満面の笑みで答えたアイナの表情は清々しくさえ思えた。
団員ともなれば、様々なしがらみもあるだろうからな。
そういったものがなくなったからこその笑顔なのか。
少々問題発言にも聞こえたが、理由はどうあれ"自分の意志"で一条と行動を共にしてくれているようだ。
「いいオンナだろ?
城を散歩してた時に会ったんだ。
俺の嫁だから手ぇ出すなよ?」
「アイナさんが嫁なのか」
あまり考えずに訊ねたが、返って来た言葉は白い目を向けるには十分すぎた。
「バッカお前、両方に決まってんだろ!
ここは異世界で、俺は"勇者"だぞ!
重婚もアリなんだよ、この世界は!」
……こいつに比べたら、俺は誠実さを貫いて一生を終えられそうだな。
恥じる様子もなく発した言葉の責任は……こいつなら取るんだろうな……。
一条との会話に軽い苛立ちを覚えていると、ふたりは反論した。
そう思っていたのは、どうやらこいつだけだったみたいだ。
「妻になった覚えも、なるつもりもありませんよ」
「……カナタ、思い込み激しすぎ。
初めて会った時もそう。
"俺についてこい"って、すごくうるさかった」
「勇者には美女の仲間が必要なんだよ!
おまけにふたりは強いんだから、パーティーでいいじゃねぇか!」
「……パーティーを組むのはいいけど、お嫁さんとは関係ない」
「そうですね。
それにパーティーだと言うなら、もう少しだけ私たちの話も聞いてください」
「いつも聞いてるじゃねぇか!」
「……カナタが聞いてくれるのは、あたしたちの雑談だけ。
戦闘に関しては聞く前に突っ込むし、普段も聞いてくれない。
カナタは直情的すぎて、とっても危なっかしい。
もっと理性的な言動を普段から心がけるべき」
「いいんだよ、俺は!
勇者ってのは実戦で強くなるもんなんだよ!」
「……いつもこれ。
それがどれだけ危険なのか、
なるほどな。
問題と思える言動を繰り返している一条には、冷静に物事を判断する人たちが付いててもらえると非常に助かる。
どっちも一条を"放っておけない弟"のような子供として見てるみたいだが、残念ながら彼女たちに預けるだけで不安はなくならない。
当然だ。
むしろこのまま放置すれば危険なのは一条だけじゃない。
ふたりの命が危うい旅になることに、こいつはまだ気が付いてない。
独りで勝手に行動する分にはいい。
だが彼女たちを連れ歩くのなら、相応の責任が伴う。
取り返しのつかない事態になる前に、教えておいたほうがいいかもしれないな。
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