第108話 心待ちにしてたんだ
"跳ねる子羊亭"の借りてる部屋を3人用に変えた俺は、ベッドに腰かけながらサウルさんとヴェルナさんのふたりと話をしていた。
たった2週間ほど離れただけなのに話は尽きることなく、夜が更けていった。
その中でもひときわ異質に思われる今回参加した作戦について伝え終えると、ふたりは難しい表情で答えた。
「……まさか、そんなとんでもない事態になってたなんてな……」
「……シピラか。
名前くらいは聞いたことがある。
だが実際に存在してたんだな。
……いかにも馬鹿どもの考えそうなことだ……」
呆れたように、だが明確な怒りを抑えきれない様子でヴェルナさんは話した。
ある意味では彼女がいちばん嫌悪する連中だと言えるだろうな。
だからこそ強い感情が抑えきれずに溢れ出してるんだ。
「……下衆にもほどがある。
俺たちもいれば間違いなく作戦に参加してた」
「だな。
……正直、感情のままぶった斬ってると思うが」
「一応は落ち着きを見せたよ。
地下に造られた拠点の破壊と危険薬物の押収もできた。
残党狩りもそろそろ終わる頃だから、これでパルムは少しずつ落ち着くだろ」
俺の役目は終わったと判断したからな。
あとはもうパルムに任せるのがいいだろう。
これ以上となると、本格的な長期滞在が必要になるからな。
それも、どれだけかかるのかも見当がつかないほどの膨大な時間が必要なはず。
事後処理もギルド側がしてくれるから、俺にできることもないんだけどな。
「そんじゃ、どうする?
明後日には乗合馬車が西に出るみたいだぞ。
その次はさらに3日後らしいから、俺としては明後日の便でもいいが」
「ふたりは疲れてないのか?
ハールス、パルム間の往復は結構しんどいと思うが」
最低でも往復は2週間。
その上、ハールスで細々とした手続きもしていたはずだ。
俺の世界と似たようなものなら、役所はどこも時間がかかるからな。
だが、ふたりから返ってきた言葉は、俺が想像していたものとは違った。
「俺は移動に慣れてるから問題ないぞ。
それに帰りは乗合馬車だったからな」
「1日もあれば疲労感なんて吹き飛ぶだろ。
それに、アタシらはハルトとの旅を心待ちにしてたんだ。
お前さえ良ければ国境を越えようぜ!」
「そうか。
それじゃ明日1日はゆっくり休んで、明後日出発しようか」
「「おう!」」
俺に気を使ったわけでもなさそうだ。
無理して先に進むことの危険性は、俺よりも遥かに知ってるからな。
それは俺が心配するようなことでもなかったか。
「……でもよ、西っつってもどこに向かうんだ?
真西に進んでいけばいいのか?」
「まずは国境検問所を越えて"ヴァレニウス"に向かおう」
「ヴァレニウスか。
あの町の魚はかなり美味いらしいな」
「たしか、"フォルシアンの湖"が近いんだったか」
世界でも3番目に大きいと言われる湖だ。
ここで採れる魚介類で作られた料理は絶品だとも聞く。
さらには薬草も豊富に育つ環境らしいから、薬師も周辺には多く住むようだ。
希少なものからありふれたものまで幅広く群生する薬草の宝庫と教えてもらったが、そこまで採りに行くことはさすがになさそうだな。
「アタシには縁のない場所だな、湖は」
「まぁ普通は食うだけだから、町で事足りるからな」
「そういえば、ふたりとも隣国にはほとんど行ったことがないんだったか」
「だな」
国境を越えること自体に問題は起きないが、実際に西の町へ行ったのはふたりとも2回しかないようだ。
その大きな理由は"行く必要がなかった"からだと話した。
「そもそも他国へ向かう依頼を受けること自体が特殊すぎる上に、俺はギルドの用意した馬車での行き来が主だからな」
「アタシは元々ソロ冒険者だし、ハールスから遠出することもないんだ。
これまでは行っても隣町までだったから、今から楽しみで仕方ねぇな!」
「子供みたいな顔になってるぞ」
「なんだよ、サウルだって似たようなもんに見えるぞ!」
「否定はしない」
どっちもまんざらではなさそうで自然と笑みがこぼれるが、気分が浮かれたようになってるのは俺も同じだな。
遠足に出かける小学生の頃を思い起こした。
そういえば、あの時は佳菜に"前日からそんな気持ちだと疲れちゃうよ"なんて笑われたっけな。
まぁ、縦長の国土だから、西の端まではそれほどかからないだろう。
南に向かえば少々厄介な小国があるらしいが、近づく予定もないし問題にはならない。
とはいっても、ある程度は警戒したほうがいいんだが、随分と穏やかな国だと聞いたから、そういった意味でも注意する必要があるな。
警戒心が疎かになったところを襲撃されたんじゃ、目も当てられないからな。
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