第109話 ありがとうな
早朝、俺たちは冒険者ギルドに来ていた。
受付のリンネアさんに会って、旅立つことをマルガレータさんへ伝えてもらうためと、いつも通りに依頼を受けるアートスたちに会うためだ。
今日も朝食を取っている彼らのところへ行くと、笑顔で迎えてくれた。
「ハルトたちじゃないか。
これから食事か?」
「いや、俺たちはもう食べたよ。
明日にはパルムを出るから、改めて伝えておこうと思ってな」
「そうか……そうだったな。
昨日聞いたはずなのに、いつもと同じ朝だと思ってたよ」
笑いながら答えるアートスだが、とても寂しそうな気配を彼から感じた。
この数日、ずっと一緒だったからな。
俺も同世代の友人はこの世界に来て初めてだったし、妙な寂しさは感じる。
まぁ、依頼を達成すればまたパルムに寄るつもりなんだけどな。
「昨日も言ったろ?
依頼を終えればトルサに戻るから、その時にまた寄るって」
「そうだよな。
ハルトには随分心配させたから安心してもらえるくらいは強くなりたかったが」
「なに言ってんだ!
次会った時に見せりゃいいだけだろ!?」
「だな!」
強気のカウノに続き、ヨーナスも答えた。
そういう前向きなところはリーダーっぽいんだけどな……。
「ま、一朝一夕には強くなれねぇから、焦らずじっくり鍛えろよ。
アタシらだって最初は新人だったんだから、努力次第でここまで来れるはずだ」
「お前らは可能性の塊なんだから、着実に進めば必ず届くと信じろ。
冒険者に大切なのは日々の鍛錬と、腐らずに続ける無理のない努力だ」
さすが先輩たちだな。
言葉の重みを強く感じる。
俺とは違……って、なんだ、ふたりの目は……。
「ほれ、ハルトも何か言ってやれよ」
「……同世代の俺に言われても嫌味に聞こえかねないが……そうだな。
努力のすべてが報われるとは限らない。
いずれ限界と思える大きな壁は誰にでもやってくる。
でもな、その壁を造っているのも自分自身で、限界を決めたのも自分なんだ。
できることとできないことが明確に見えて前に進めなくなったと強く感じたら、"それを壊せるのも自分だけだ"ってことを思い出してほしい。
努力のすべてが報われるとは限らないとしても、努力し続けた時間は決してみんなを裏切らないし、必ず自分のためになると俺は信じて進み続けた。
だから大丈夫だ。
不安も心配も一時的なもので、それを"才能"のあるなしで片を付けずに前へ向かって歩き続ければ、きっと自分の目指したものが届く場所に見えるはずだよ」
俺もそうだったからな。
そんな時は闇雲に剣を振ることも必要になる。
それがたとえ無駄だと仲間や先輩から言われることだとしても、
「才能がないとか限界かもしれないなんてのは、結局自分自身が満足して諦めるための口実になりかねない。
それでもひたむきに研鑽を積み続けた先に見える景色があるってことも、間違いじゃないんだ。
俺たちはそれを知ってる。
むしろその程度の差しかないんだと、俺は思うよ」
あとはみんなの努力次第だ。
でもそれについては心配してない。
みんなはどんなに辛くて愚痴をこぼしても、辞めたいとは一度も聞いていないどころか、自分たちのなりたい姿が明確に見え始めていたからな。
きっとその前向きな気持ちがあれば、ランクSにだって到達できる。
そう思える姿を、俺はみんなの中から感じていたんだ。
「さすがハルトだな。
俺らとは言葉の重みが違うぜ」
「アタシの見込んだ男なんだから当然だ!」
「……茶化すなよ」
両肩をそれぞれぽんぽんと手を乗せるふたりに苦笑いが出た。
せっかく真面目に答えたのに、意味がないじゃないか。
だが俺の伝えたかったことも、アートスたちにはしっかりと伝わったようだ。
「……ありがとうな、ハルト。
お前に会えて、本当に良かったよ」
「当面の目標はハルトだ!
「だな!
そんでいずれは抜かしてやるさ!」
「あぁ、楽しみにしてるよ」
彼らの言葉が素直に嬉しかった。
そうだ。
だからこそ、俺は彼らを心配したんだ。
真っすぐな心を持っていると分かったからこそ、力になりたいと思えた。
あのままじゃ、遠からずに最悪な事態を招きかねなかったからな。
強くなるのに"才能"なんて必要ない。
そんなものは、その言葉を言い訳に逃げた人間の弱い心そのものを表してる。
誰だってひたむきに前を向きながら歩き続ければ到達できるものなんだ。
人の可能性は"無限大"だからな。
きっと彼らは自らそれを証明してくれるだろう。
誰もが憧れるような冒険者にだってなれるかもしれない。
強くなるためにいちばん大切な"心"があるからな。
……その姿を俺が見ることは難しいと思うが……。
「ハルトさん、よろしいでしょうか?」
「何となく用件は分かるが、どうしたんだリンネアさん」
受付からこちらに来る彼女は気配で認識していたが、何かあったんだろうか。
「マルガレータさんが面会を希望してるのですが、ご同行をお願いできますか?」
「わかった」
「サウルさんとヴェルナさんもご一緒していただけますか?」
「んぁ?
俺たちもか?」
「……あー、悪い。
こりゃ、用件はアタシだな……」
なるほど、そういうことか。
まぁ、断る理由もないし、直接話せる機会をもらえたと解釈すればいいな。
「気にしなくていいよ。
どの道、旅立つことは伝えてもらうつもりだったんだ。
それじゃあ、俺たちは行くよ」
「……あ、あぁ」
目を丸くするアートスたちも、誰に呼ばれたのかを理解してるようだ。
ギルドマスターは一般的な冒険者ではまず会えないような立場だが、彼女の場合はかなり有名そうだから噂程度で伝わってたのかもしれないな。
ぽかんとしたまま呆ける彼らを置いて、俺たちはリンネアさんの後を歩く。
受付横に造られた階段へ足を乗せた時に彼らへ視線を向けると、どうやらまだこちらを見つめているようだ。
そんな彼らに頬を緩ませながら、先ほどのことを思い出していた。
"お前に会えて、本当に良かったよ"
アートスは俺にそう言葉にした。
……でもな、違うんだ。
そう感じているのは、俺のほうなんだよ。
みんなに会えて本当に良かったと感じているのは、俺なんだ。
ありがとうな。
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