第248話 勇者の使命を全うせずして

 強い好奇の視線を向けられるも、すぐに抑えてくれたようだ。

 武術の話をするのは、全ての話が終わってからだな。

 まずは情報が知りたいところだ。


「現在、王都はどうなっていますか?」

「至って平穏そのものだ。

 ……恐ろしいほどに、な」


 警戒心を強めながらアウリスさんは答えたが、これも想定の範囲内だ。

 アリアレルア様は王城に入るまでは邪魔が入らないと言っていた。

 となれば、やはり敵は魔王のみになるのか。


 ……いや、そう決めつけるのは早計だ。

 できる限り冷静に対処ができるよう、あらゆる状況を想定するべきだな。

 特に一条は突発的なことに焦りやすい性格の上に実戦経験も少ない。

 そこをカバーしながら進むとなると、色々と問題が出てくる。


 俺はこの世界の回復薬が効かない。

 それに、光の魔力で消費した状態にも効果が出なかったようだ。

 やはり異世界人だからなのかもしれないが、回復薬が使えない以上、最低限の戦闘で体力と魔力を温存しながら魔王と対峙しなければならない。


 レフティがこちらの味方なら敵対することはないと信じたいところだが、魔王に魂が掌握されている以上、その逆もありうるかもしれない。

 むしろそうなった場合、最悪の敵として俺たちの前に現れた彼女を全力で押さえ込まなければならなくなるだろう。


 この件も含め、前もって女神様に確認はしたし、そうはならないと聞いた。

 だが、それでも俺には嫌な予感が一向に拭い去れない。


 ……考えすぎならそれでいい。

 しかし、王都に近くなればなるほどその感覚は強くなってる。

 杞憂だと判断するには危険だと思えてならなかった。


「ハルト殿の直感を信じたほうがいい」

「……そう、思いますか?」

「少なくとも、"何が起こるか分からない"と判断するべきだ。

 2日前、レフティからも平穏そのものだと手紙を受けた」

「そんなら、本当になんもねぇんじゃねぇの?

 じいちゃんも鳴宮も考えすぎだろ?

 "先見"の女神様が見てねぇって言ったんだ。

 俺らの感覚よりも遥かに信頼できるだろ」

「……確かに、否定はできないな」


 一条の言うことはもっともだ。

 人ならざる存在が問題となる未来を視ていないのなら、それは考えすぎだと判断するのは当然かもしれない。

 もしも何かが起これば、それこそ女神様が地上へ顕現される可能性が出る。


 そうなれば、最悪な状況へと進むことになる。

 ここはアリアレルア様が創造した世界ではない。

 別世界の神が地上へ顕現すると甚大な被害を被ると聞いた。

 最悪の場合は世界を維持できなくなり、消滅するとも。


 科学が発達した世界の出身者からすれば、異世界の仕組みに違和感を覚えざるを得ないが、そもそもそういった理とは別次元の話になるらしいから、これに関しては考えるだけ無駄だろうな。


 ただ確実に言えるのは、アリアレルア様が地上へ降り立てば世界に悪影響が間違いなく出るってことか。

 起こる災厄が大災害なのか、それとも天変地異なのかは聞いてない。

 少なくとも、目を背けるほどの生命が消失する未来に繋がってしまうようだ。


「だが、起こり得る可能性は熟慮したほうがいい」

「心配性だなぁ、じいちゃんは」

「突発的な事態のすべてを冷静に対応できれば問題ないが?」

「……ぅ」


 それが分かるからこそ考えないようにしていた一条。

 そうなるかもしれないからこそ杞憂する俺たち。


 どちらが正しいという話ではない。

 それでも、無駄に体力を使うことだけは避けたい。


「一条、俺たちの目的は"魔王の討伐"だ」

「んぁ?

 なに言ってんだ?

 当たり前だろ、そんなの」

「そうだ。

 これは当たり前のことだ。

 だがな、そうならない事態に遭遇した瞬間、お前は戸惑い、焦りながら行動してしまうのも分かるな?」

「……そりゃあ……まぁ、そうだよな」

「そこまで分かるなら理解できるな?

 お前は魔王以外と絶対に戦うな」


 強い口調と気配を込めて、俺は言葉にする。

 そうなっちゃ困るんだよと理解させるように。


 内心では一条も気づいてたはずだ。

 それがどれだけ馬鹿な行為なのかも。


「……勇者の敵は魔王だ。

 この国の人たちじゃねぇ」


 そうだ。

 "俺たちは勇者"だとお前は言うようになったが、現実的には違うんだ。

 勇者が放つ"光の一撃"のみが魔王を倒せるんだから、お前は少しでも力を温存しなければならないんだよ。


 たとえ王都中の人すべてから狙われても。

 俺たちの中に離脱者・・・を出したとしても。

 お前は後ろを見ず、ただ前だけを向いて走らなければならない。

 "勇者の使命"を全うせずして世界を救うなんて、ありえないんだ。


「わかるな?

 今の一条なら」

「……」


 一条は苦悶の表情を浮かべながらも、その瞳は光を失ってはいなかった。

 当然、俺も負けるわけにはいかないし、単独で魔王に向かわせたりはしない。

 それでも、イレギュラーは起りうると考えたほうがいいと俺は思う。


 アリアレルア様を信じていないわけではない。

 これはあくまでも予防線に近いだろう。


 だが、もしも本当にそうなった場合、とんでもない事態となることは間違いなさそうだ。

 女神様が顕現した瞬間から世界の崩壊が始まるかもしれない。

 そうなればもう、最悪に近い結末を迎えることになる。

 人々の魂のみを救済し、それ以外すべての動植物は死に絶える。


 たとえ女神様が再び創造したとしても、失った記憶は残り続けるんだ。

 俺と、お前だけの心の中に残り続けて一生を過ごすことになるんだ。


 ……そんなこと、赦せるはずがないよな。

 お前はいつだってそういうやつだったからな。


 一条はわずかに俯きながら、"重いな"と消え入りそうな声で呟いた。

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