第247話 厄介な可能性が
雑談を交えながら、この町で何か変化があったのかアウリスさんに訊ねた。
実際、そこまで大きな動きはないとは思うが、もしかしたら俺たちの知らないところで魔王が暗躍していたなんて話を後々聞くのは問題だからな。
「そうだな。
こんな小さな町じゃ大きな事案は起きようはずもないが、しいて言えばハルト殿たちが召喚された当初から細かな変化はあった。
新人潰しはゼロではないとしても、殺人未遂がそれにあたる。
これほどの犯罪がトルサで起きるなど、さすがに想定外だった。
推察に過ぎないが、何らかの兆候と判断した我らがハルト殿にギルド依頼として西へ向かわせた理由に繋がる」
……その可能性は考えたことがある。
トルサは王都から近いとはいえ、住民の半数以上が鉱山夫とその家族たちだ。
確かに冒険者も商人も少なからず在籍しているだろうし、荒っぽい男たちの中で生活するとなれば、いざこざも多いとは思う。
だが、そこに俺の関わったような事件はなかったのなら、やはりそれは特質的な何かが動いていたのかもしれない。
あの時、アウリスさんとユーリアさんから並々ならぬ覚悟を感じたが、そういうことだったんだな。
そもそもあの一件で俺は、おおよそ人体では不可能な行動をいくつかした。
大の大人を4人も手に持って町まで運ぶなんて常人には不可能だからな。
当然、腕力で引きずったわけじゃない。
飛んでくる矢をこぶしで弾いたのもそうだ。
肉体的に強化しなければ、そんなことは不可能だ。
「ハルト殿が"力"を隠していたのは理解している。
それが何かは今も分からぬが、少なくとも達人を超えるほどの強さにまで高められる力を有しているのだと私は思った。
使いこなせるかは別だが、そういう類の力は確かにあるからな。
しかし、ティーケリの討伐を耳にした時はさすがに驚いた」
「パルムでも危険種と言われる魔物を3匹討伐していますが、そのどれもがティーケリ以下でした。
やはりあの魔物は、危険種の中でも相当厄介な部類なんですか?」
「そうだな。
危険種とは、魔物の突然変異体とも専門家から言われている。
当然この情報は200年以上前の話になるが、おおむね間違ってはいないのではないかと私も感じていた。
現役時代にも5種類ほど遭遇したが、ヒュージ種よりもわずかに強いと言えるような魔物だったことを考えれば、徐々に魔物が狂暴化していると言われてもあながち否定できないな」
……良くある話と言葉にするのは不謹慎だが、それも魔王の影響が関係しているとすれば分からなくはなかった。
様々な創作物では冒頭でその表記がされている。
実際、魔王が魔物に対して何らかの強化効果を与えていたとしても不思議ではないし、逆にそうでなければ危険種なんてものが存在すること自体が異常だと思えてならない。
アリアレルア様には危険種のことを聞かなかったが、もしかしたら本当に魔王の影響を受けているんだろうか。
そうだとすれば、色々と厄介な可能性が浮上してくる。
まさかとは思うが、王都に多数の危険種や魔物が押し寄せるなんてことになれば、文字通りの意味で阿鼻叫喚の地獄絵図となるのは間違いない。
王国騎士団の強さは分からないが、レフティ・カイラがアイナ以上の使い手だと仮定しても、圧倒的な数で迫られれば対処のしようがない。
この町はそれほど大きくないから、防衛するだけなら何とかなるだろう。
しかし、王都にあるすべての街門を守護することは現実的に不可能だ。
都市の大きさだけでもトルサの8倍じゃきかないからな。
本音を言えば、その可能性はないと信じたい。
女神様もそういった未来を視ていないようだし、魔王の近くにいることで少し神経質になっているのかもしれないな。
だが、ティーケリの件は悩みの種だったとアウリスさんは話した。
「王国騎士団に討伐要請をしたはいいが、トルサには手紙ひとつ寄越すことなく時間ばかりが過ぎ、対策を練っていたところに能天気な小僧がこの部屋へ来てな。
その小僧がここを退室した直後、私はユーリアと頭を抱えたのを、まるで昨日のことのように憶えている」
「……それ、俺のこと……だよな?」
「他に誰がいる。
目にくる鎧を着て町中を平然と歩ける度胸は買ってやるが、あの時のお前はどこをどう見ても小僧以外の何ものでもなかった。
……ともかく、アイナとレイラが引率していれば討伐自体に問題はないが、別の意味で色々と不安になる案件だったことは間違いない」
「ひっでぇな、じいちゃん。
……まぁ、あん時の俺じゃ勝てなかったって鳴宮も言ってたし、正直に言やぁ倒してくれてよかったと今は思ってるよ」
真摯にも思える一条の態度に、アウリスさんは驚いたように答えた。
さすがに出逢った当初とはまったくの別人だと言っても通用しそうなほど、肉体的、精神的にも変わったからな。
成長速度で言えば俺よりも遥かに高いし、技術の飲み込みも悪くない。
元々強かった精神力に加え、明確な覚悟が備わったことで爆発的な成長を見せたことは、末席とはいえ指導者の立場から見ても間違いない。
俺に分かるくらいだ。
アウリスさんも十分理解したようだ。
「ふむ。
この反応は中々に斬新だな。
よほど己が実力を思い知ったと見える」
「……トルサでもぼっこぼこにされたしな。
色々と鳴宮には考えさせられたよ」
「お前のことだ。
ハルト殿には手も足も出なかっただろう?」
「あぁ。
でもさ、今にして思えば、あん時の鳴宮はかなり手加減してたんだよな。
リヒテンベルグで本格的に戦った時は、鳥肌もんの戦い方だったぞ。
……そんでも、俺はまだ鳴宮の本気を見たことねぇんだよな……」
「ほう……」
一瞬、火花のような気配がアウリスさんから溢れた。
やはりこの方も武人のひとりで間違いなさそうだ。
普段は極端に気配を押さえているが、強者と見れば剣を交えてみたいと思うタイプみたいだな。
俺も人のことは言えないが、いい経験ができそうな相手だと戦ってみたくなるのは武芸者として至極真っ当なんだろうか……。
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