第246話 どれくらいぶりだろうか

「……あまりにも衝撃的すぎて、言葉にならないな……」

「信じがたいことなのは間違いありませんが、嘘偽りは一切ないことを誓います」


 そう伝えたが、アウリスさんが返す言葉も予想通りだった。

 聡明な彼が考えもなく否定する姿は想像もできないが。


「ハルト殿が嘘をつくとは微塵も思っていない。

 しかし、受け入れがたい事実であることも間違いない。

 ……さて、どうしたものか……」

「どうしたも何もねぇだろ、じいちゃん。

 あとは俺たちが魔王を倒して終いだ。

 そんで、みんな平和に暮らせてハッピーエンドだよ!」


 世界に呼ばれた当初に発言していたら、確実に鼻で笑われただろうな。


 だが、今は違う。

 こいつの言葉には重みがあるからな。

 そこに気付けない3人ではないが、それでも思うところは多いはずだ。

 だからアーロンさんがそう言葉にしたのも、当然だと思えた。


「……あのカナタがな……。

 本当に、成長したな……」

「ここにいるみんなだけじゃねぇ。

 リヒテンベルグの人たちも全員力になってくれたんだ。

 俺だけガキのままじゃ、勇者としてみっともねぇだろ?」

「……まさか、これほどまでに頼もしく思えるなんてな。

 正直に言えば私もユーリアも、世界が救われるとは思っていなかった。

 それどころか、勇者であるカナタ殿が世界を滅ぼすかもしれんと思っていた」

「マジかよ!?

 そりゃさすがにねぇよ、じいちゃん!」


 目を丸くしながら強く反論する一条だが、実際に世界は滅びかけていた。

 アイナさんとレイラが英断してくれたおかげで事なきを得たが、あと少しでも合流が遅れていたらどうなっていたのか、想像するのも恐ろしい。


「世界を覆う魔王の闇、空に昇る光の線、魔道国家。

 様々な点を結べばおおよその推論を立てられる。

 そもそもかの国では、勇者の力を模倣する技術の開発をしてると有名だった。

 だがレフティからの手紙でカナタ殿がリヒテンベルグへ向かったと知った日から、世界が滅ぶ未来を想定しながら日々を過ごしたが、こうしてハルト殿と戻ってきたことには感謝しかない」

「やっぱ、レフティと繋がってたのかよ」

「それだけではないが、今となっては些細なことだ。

 ともかく女神様がお力をお貸しいただけているのであれば、我らに希望はある。

 あとはふたりを信じて待つより他がないのは申し訳なく思うが、できることであれば最大限の協力は惜しまない」

「ありがとうございます。

 もし何かあれば、ぜひお力をお貸しください。

 それと、これを」


 腰に付けた袋から似たような物を取り出した俺は、アウリスさんの前に置いた。


「……これは……まさか……」

「えぇ、そうです。

 あの時の話は忘れていませんので」


 少し意地悪な言い方をした俺の言葉に、アウリスさんは声を上げて笑った。

 こうなることを想定しても、実際その目にすると中々の破壊力があるはずだ。


 テーブルに置いた袋を軽く持ち上げた彼は、再び声を出して笑いながら答えた。


「さすがに想定外だ、ハルト殿。

 まさか依頼料の全額を返されるとはな」

「むしろ使う機会もなかったので、硬貨もあの時とまったく同じですよ」


 この言葉にも目を丸くしたアウリスさんはとても愉快に笑い、我慢していたユーリアさんも口を手で隠しながら肩を震わせた。

 今のやり取りで何があったのか理解したアーロンさんは、呆れながら答えた。


「……お前なぁ。

 依頼料ってのは正当な報酬・・・・・だって分かってるのか?

 ましてや命懸けの旅をするための旅費でもあるんだから、銅貨1枚分も使わないやつなんてお前くらいなもんだぞ……」

「実際、本当に使う機会がなかったんだよ。

 ティーケリ討伐で大金が手に入って生活費も潤沢だったからな」


 正直に言えば、最初から使う気がなかった。

 ハールスに着いたら依頼をこなそうと思ってたし、あんな魔物とで出遭わなければ実際にそうやって金を稼いで生活した。


 依頼を受けることは俺自身の勉強にもなるし、実戦経験も積める。

 町の周辺や情勢にも詳しくなれるから、それで良かったんだけどな。


 なんて呑気なことを考えてる場合でもなかったようだ。

 どうやらその思考も筒抜けになっていると思える言葉が返ってきた。


「ハルト殿のことだ。

 本当に使う気がなかったのだな。

 ティーケリと遭遇したのは、違った意味で・・・・・・想定外と言えるのか」

「……ったく。

 呆れてものも言えないぞ、ハルト……。

 お前、そういうところは頑固だよな……」

「誉め言葉として受け取っておくよ」


 その言葉にまた呆れられながらも、俺はこれでよかったと本気で思っていた。

 もしかしたら、"西の果て"がどんな場所だったのかで大きく変わっていたかもしれないが、ギルド依頼を受けた時のふたりの様子から察しても、あの瞬間に使わないことは決めていたからな。


「……こいつ、俺と真逆の性格してっからな……。

 真面目すぎるっつーか、なんつーか……」

「……そこがハルト君のいいところ。

 初志貫徹は、とても好印象」

「まぁ、意志を貫くのにも覚悟がいるからな。

 ……俺は考えもしないで酒代に使っちまうが」

「アタシもだな。

 むしろ依頼を受けてすぐ飲み食いに使うと思うぞ。

 それをしないハルトは色んな意味で先を見てるよな」

「そうですね。

 むしろカナタは見習うべきかと。

 ハルトさんほどとはいかなくとも、ある程度の落ち着きは必要ですよ」

「うぇ!?

 なんでこっちに飛び火してんだよ!?

 悪いのは石頭の鳴宮だろ!?」


 俺たちの日常を見ながら、声を出して3人は笑った。

 とても愉快に、それでいてどこか悲しげに、彼らは笑った。


 ひとしきり笑い終えたアウリスさんは、呟くように話した。


「……これほど声を出して笑うなど、どれくらいぶりだろうか。

 200年以上前なのは間違いないが、もしかしたら現役・・時代にまで遡るかもしれんな」

「……そりゃさすがに真面目すぎんぞ、じいちゃん……。

 いったいどんな生活してたんだよ……」

「ギルドマスターとは、想像以上に雑務が多い役職だ。

 特にこのトルサは王都からも近いとても小さな町だからな。

 似たような書類に目を通してサインを書く日々がほとんどだ」

「……うへぇ……。

 とても俺には勤まらねぇな……」

「……お前がギルマスになったら、色んな意味で荒れると思うぞ、俺は……」

「あ!?

 どういう意味だよサウル!

 俺だってやればできんだぞ!」


 ……そう言ってる時点で無理だと思えた。

 こいつの性格をよく知ってるし、1時間も席につけない性格をしてるからな。

 間違いなく大学の講義は受けられない性分だ。

 まぁ、頭が良くても進学は難しいだろうけどな。


 進学しないのは俺も同じで、一条のことを言えないが。

 その理由は随分と違うし、自分で選んだ道だから困ることもないと思うが。

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