第245話 恥を承知で
「……それにしても。
まさかお前たちがハルト殿と行動を共にするとは想定外だ」
俺の隣へ視線を向けたアウリスさんだが、そう思う気持ちも分からなくはない。
相当強烈で近寄りがたい異名を持った人物がひとり、ここにいるからな。
「そりゃあ、アタシに対して言ってんな?」
「自覚はしていたか。
サウルは分からなくはないが、お前が共に行動するとは、こうして目にした今でも信じがたい事態だ」
「ひでぇ言われようだな!」
ヴェルナさんは答えながら、とても楽しそうに笑った。
そういえばパルムでも相当驚かれたのを思い出した。
出会った頃から人懐っこさが目立ってた彼女しか知らない俺からすると、異名を付けられるほどの強烈な威圧感を放つヴェルナさんのほうが想像できないんだが。
「パトリツィアには会ったのか?」
「会ってねぇし、会いたくもねぇな。
再会した日にゃ1日中くっつかれそうだ」
「そうだろうな。
まぁ、いい。
そのうち会えるだろう」
「……不吉なこと言うなよ……」
ぶるりと体を震わせる彼女から察すると、かなり苦手なタイプなんだな。
どうにも面倒見のいい方で、ヴェルナさん以上に人懐っこい性格をしているように思えてならないが、強くて若い男を見ると飛びついてくるらしいから、俺としても会わないほうがいいんだろうか。
こほんと軽く咳払いをしたアウリスさんは、話題を変えた。
「正直に言えば、お前たちふたりが
それはすなわち、この世界に囚われた人々でも進めることを意味するからな」
「まぁ、俺らも驚いたな。
さっき話に出た"闇"を見た瞬間、自分の置かれてる状況を理解したんだ。
言葉にするのは難しいが、これまで押さえつけられていた経験や記憶が一気に噴き出すような感覚だろうか」
「……あれは、物凄い衝撃的な感覚だったな。
もう二度と体験したくねぇよ、アタシは……」
真剣な表情と声色で、ヴェルナさんは呟くように答えた。
……あの時。
俺がふたりの下へ戻った時、何事もなかったかのように装っていたが、相当の衝撃だったことは言葉を交わさなくてもはっきりと理解できた。
まるで自分の存在意義すらも全否定されたような気持ちだったのかもしれない。
何気ない会話をする彼女の表情には、言いようのない不安が見え隠れしていた。
前もってエルネスタさんから話を聞いていなくても、俺は気づいただろう。
何かを隠し、何かに気付かれないようにしていることに。
それを察したからこそ、俺はふたりに何も訊ねずリヒテンベルグの話をして、"闇"を越えるための腕輪を渡した。
「……結局アタシは、ハルトに心配かけちまったんだよな」
「いいんだ。
そのうち話してくれると思ってたし、現に"闇"を越えてすぐ話してくれたことが俺は嬉しかったよ」
……そうだ。
彼女たちは、すぐに話してくれたんだ。
それがどれだけ俺にとって嬉しかったのか。
言葉で表現するのは難しいほど俺は嬉しかったんだよ。
「リヒテンベルグの存在を3人はご存じだったことも理解していますが、その後に俺たちが体験した内容は想定外どころの話ではなくなるはずです」
「……ふむ。
だが、すべてを知った上でギルド依頼を出したわけではない。
かの町にハルト殿を向かわせたのも、我らには到達できぬ技術力があるからだ。
我らの100年は先を行く技術を持つ"魔導国家"の名は伊達ではない。
唯一の希望となる最新鋭の技術や魔道具を開発してるやもしれない。
そう我らは判断し、武術に卓越したハルト殿であれば必ずや辿り着けると信じながらも恥を承知で願い出た」
200年前から呼ばれていた、世界最高の技術力を持つ魔導国家であれば。
そう考えるのも当然だし、リヒテンベルグの存在を知っているのなら確かめる必要があったのも分かるつもりだ。
現状、どのような影響があるのかも分からない。
しかし自らが確かめに行くわけにもいかない。
"そう言った意味でも呪いにかけられたのだ"。
彼は悔しさを強く感じさせる表情で言葉にした。
実際、リヒテンベルグは新技術の開発に成功していた。
"魔晶核結石"と呼ばれる、この世界において最硬と思われる技術だ。
この硬度を超えるには、それこそ現代の地球にある技術でなければ不可能かもしれない。
さらには"ミスリルクロム"と名称を付けられた新素材を作り出した。
人の手では限界と女神様からも思われてた領域を超えた、世界最高の合金だ。
だが、そこではない。
確かにこれらは凄まじい技術であることに間違いないが、そこではないんだ。
アリアレルア様との邂逅を口にした瞬間、彼らの表情は一瞬で変化を見せた。
それだけ衝撃的な話なんだから当然だ。
本音を言えば、俺だって未だに信じがたい体験だと思う。
けれども、その先に続く話には"希望"があった。
そこには確かに、そう思える一筋の光があったんだ。
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