第249話 心苦しい限りだが

 重々しい空気を振り払うように雑談交じりで会話を続けるも、話はパルムでの盗賊騒ぎになった。


 あの町での一件はトルサだけじゃなく、国内のギルドマスターに緊急通達される大事件となっていたようだ。

 世界中で禁止されている劇薬を使われそうになったこともだが、何よりもその入手経路が判明しなければ再度使われかねない。


 だがそれも、200年もの歳月を囚われ続けた魂が変貌し、悪意に満ちた行動を取ったのだとアリアレルア様は話していた。

 当然、余程のことでもなければ起こりえない事態だとは聞いたが、時間が経過すればするほどその可能性はゼロではないのだろう。


 こちらの都合としては良いのか悪いのか判断がつかないが、少なくとも魔王が動き出すタイムリミットを考えれば、あのような卑劣な事件は秘密裏にも動くことはないだろうと俺は話した。


 様々な面で"記憶の消去"は都合がいいようだ。

 誰に対してか・・・・・・は、忌々しくて考えるのも嫌になるが……。


「ともかく、パルムでの一件は落ち着きを見せているようだ。

 これはパルムの冒険者ギルドマスターではなく、店を構える酒場の主人からの情報になるが」


 興味深い接点だが、記憶を失ってない人物との交流があっても不思議じゃない。

 その要因となったのは魔王の闇を受けた直後、リヒテンベルグから立ち上る光の柱を見たことが大きいと思えた。


 恐らくは勇者の力を模倣した光の壁の発動が、闇に囚われた魂に何らかの影響を与えたのだろうが、専門家でも、ましてや学生の俺には見当は付けられても明確な答えと思えるほどの説得力のある言葉は頭に浮かんでこなかった。


「メッツァラでの一件は落ち着くまで随分とかかったようだが、一応は解決したと聞いた。

 今後はより警戒をするべきなんだろうが、魔王が動き出すともなればこの世界の命運は大きく揺らぐだろう。

 我々には何もできないのが心苦しい限りだが……」

「んなことねぇよ。

 人にはできることと、できないことがあるからな。

 そっちは俺たちに任せて、じいちゃんたちは見守るだけでいいんだ。

 もう200年も苦しみながら生きてたんだろ?

 いいじゃねぇかよ、楽したってバチ当たんねぇぞ」


 色々と突っ込みどころのある発言だが、言いたいことは分からなくもない。

 こいつなりの優しさは、言葉の本質を捉えようとしなければ理解されないことも多いとは思うが……。


 それよりも、リクさんの一件は随分と大事になっていたんだな。

 まさかパルムにまで知られているとは思わなかったが、俺が行動を共にしてもきっといい結果にはならなかったことだけは間違いなさそうだ。


 "それでも行動することに意味がある"なんて一条は断言しそうだが、あの時ヴェルナさんが言っていたように関係ないやつが首を突っ込めばこじれていただろう。

 彼はそんなことをするような人ではないが、私怨を抱かれかねない行動は避けるべきだし、何よりも深い繋がりのあるリクさん自身が片を付けるべきだと今でも思っている。


 余計なことをすれば、ただの物見遊山になりかねない。

 それはリクさんを侮辱するような行動に思えてならないし、やはり行動するべきじゃなかったんだと改めて思った。


「……ほんと、色々あったみたいだな、ハルト……」

「……まぁ、な……。

 それでもこの件には深く関わってないよ」

「そういう顔、してないぞ。

 それは"何か力になれなかったのか"と考えてる表情だ。

 さすがに後悔はないみたいだが、あまり考えすぎると抜け出せなくなるぞ」

「ヴェルナさんにも同じことを言われたよ」

「そうか」

「あぁ」


 心から心配するアーロンさんに、俺は月並みな言葉しか返せなかった。

 それでも、俺があの時行動していれば大問題になっていたかもしれない。



 トルサでも小さいとはいえ、面倒な事件は召喚された当初から起きていた。

 あの時の俺は単純に絡まれただけだと判断したが、女神様と言葉を交わすうちにそうではない可能性を考えた。


 結局、俺に殺意を向けて襲い掛かってきた4人の冒険者は、現在も牢屋にぶち込まれたままらしい。

 しかし、誰がいつ何の容疑で捕えたのかも忘れられてしまい、それでもその状態が成立し続けているのだと聞かされた。


「自分が悪いことをしたって認識すらないのは、さすがにな。

 だが、何をしたのかを憶えていないんじゃ、裁くに裁けない……」

「記憶がなくても、無罪放免になってねぇだけマシじゃねぇか?

 そいつらは鳴宮にぶっ飛ばされたけどさ、そうじゃなかったかもしれねぇだろ」


 確かにその通りだ。

 新人冒険者が経験者4人を相手取って勝てるとは思えない。

 武術経験を習った程度ではない俺だったからこそ事なきを得たと言える状況で、"忘れてるからなかったことに"はならないのは当然だし、そうあるべきだとも考える。


 言動の端々に繋がりがなく、強制的に会話が成立されるおぞましい瞬間があろうと、悪人が野放しにされないのはまだマシなのかもしれない。


 恐らくは、それも偶然に過ぎないはずだ。

 だから下手をすれば、そうではないケースも見られるんじゃないだろうか。


 だが、俺の推察は杞憂に終わりそうだ。


「パルムでの一件は、一応の解決を見せたと手紙を受けた。

 主犯格と共に行動していた盗賊団も捕縛され、一見すべてが終わったかのように思えるがその実、事後調査を含む本来行われるべきものが一切されず、打ち切られる形で終結したらしい。

 こちらも罪状不明で投獄された連中を、何事もなかったかのように収監し続けているそうだ」

「……ものすごく気持ちわりぃな、それ……」

「そうだな。

 だが結果だけを前向きに捉えれば、悪いことだけではない。

 自身が犯した罪の重さを償わせられないのはもちろん、自覚させることすらできないのは歯痒いが。

 未遂として終わった事案。

 そう割り切るべきなのかもしれないな」


 それがどれだけ異質で気色が悪く感じられても、俺にはどうすることもできないし、実際どうこうするような問題でもないのだろう。


 俺は神様じゃない。

 たとえ神様だったとしても、直接裁くのは何か違う気がする。


 アリアレルア様はそういった方ではなかったからな。

 それが悪人であっても、俺とは違う決断を下すのだろう。

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