第250話 本当にこれでいいのか
アウリスさんたちとの再会と、近況を含む依頼の報告をした俺たちは、そう大きくもないメインストリートを歩いていた。
どこまでも高く感じられる、美しい茜色の空。
どの場所でも見られるはずなのにとても懐かしく、どこか虚ろげに彩る色彩は物悲しく、何よりも安堵感のように思える感慨に浸る、不思議な心情を感じさせた。
きっとこういう気持ちも、"郷愁に駆られる"と言っていいんじゃないだろうか。
まだこの世界に来てたった1年と少しなのに、もう何年も過ごしてるような気持ちになった。
街道に通る人を対象にした食べ物の露店が少ないながらも並び、大きな町とは比べられないほどの人通りでも寂しさを感じさせない活気に溢れた店主の声が耳に届いた。
「あれも美味そうだな!」
「さすがに腹が減ったか?」
ちらりと横を歩く男へ視線を向け、俺は何気なく訊ねた。
時刻もそろそろいい頃合いだし、結構な時間、話をしたからな。
内容もかなり濃密だったこともあって、腹が減るのも当然だろう。
「まぁな!
色々考えなきゃなんねぇことも出たけどよ、まずはメシだ!
今日は腹がはち切れても食い続けてやるぜ!」
……怖い表現をするやつだな。
そういった表現はあまり好きじゃないんだが、これからのことを考えれば突っ込まず好きにさせておこうと思えた。
「……そんで、
まだタイムリミットに余裕はあんだろ?」
楽しそうな表情から一変し、真顔で一条は訊ねた。
正直に言えば、やるべきことは多い。
習うべきものも数えきれないほどだし、休息を入れるにしても1日じゃ旅の疲れは取れないかもしれない。
「明日、様子を見て最終的にみんなと相談した上で決めるつもりだ。
確かに魔王が行動を起こすまで時間はあるが、かといってやるべきことを学ぼうとしても大した成果は得られないからな。
特に武術は一朝一夕で手に入るようなものじゃない。
今からできることと言えば、精神的な覚悟を持つくらいになる」
「……精神的な覚悟、ねぇ。
結局そいつは
お前らなんでそんなに腹決まってんだよ……。
いわゆる最終決戦の魔王戦だぞ?
ちょっとは緊張くらいしろよ……」
呆れるように言葉にした一条だが、その気持ちは真っ当だと思う。
しかし、それは
アイナさんもレイラも、200年間その瞬間のために生きていたようなものだと話していた。
この世界がどれだけおぞましい状態にあったとしても、前を向いて歩き続けた強さは明確な覚悟がなければ心が耐えられないはずだ。
それをし続けてきた彼女たちの準備が、できていないわけがない。
むしろ今すぐにでも襲撃して、その存在ごと消し去りたいと願ってる。
すべての元凶だからな、魔王は。
違和感の正体も、世界に留まらせ続けられている人々も。
その魂すら利用し、目的とすら思えないことのために使い捨てようとする存在を赦せるはずもない。
それは、リヒテンベルグ近郊で自身が置かれている状態を深く理解したサウルさんとヴェルナさんにも言えることだった。
……しかし。
その想いも、その願いも。
すべてを解決に導くための行動を起こすことが、4人にはできない。
いや、この世界の誰にも、できないんだ。
彼女たちの魂は今もなお束縛され続け、掌握されたように魔王の手のひらから抜け出せずにいる現状なのは間違いない。
当然、魔王と対峙することは現実的に不可能だ。
その場に居合わせれば即時に魂ごと消失させられるか、最悪の場合、忠実な僕として俺たちに牙を剥くように仕向ける可能性もあるとアリアレルア様は話した。
それを"最悪"なんて言葉で表現しきれているとは思えないほどの暴挙だ。
だが、相手は平然とその手段を取ってくるだろうと警告を受けている。
直接的に手を下さなければならないらしいから、眼前に出なければ対処はできるとも聞いたが、魔王を取り逃がせば大変な事態になってしまう点は細心の注意が必要だな。
アリアレルア様の言葉は正しい。
間違いないと断言してもいいだろう。
そういう相手を前に対面させるわけにもいかず、けれども心では自分の手で切り捨てたいと強く願う彼女たちに申し訳なくも思った。
そうしたいのにできない"もどかしさ"。
現実的には不可能だと頭で理解していても、割り切れるはずがない。
そういう相手と俺たちは戦おうとしているんだ。
だからこそ、1日様子を見て判断する。
肉体的にも精神的にも休息は必要だ。
確かに魔王が動き出すまでまだ時間はある。
一条の言うように、何かするべきことがあるんじゃないかと思う気持ちも間違いじゃないし、少なからず得られるものはあるとは思う。
しかし、女神様の話を鵜呑みにしていいのか?
未来を見通す"先見の力"に疑いはない。
人ならざる神の領域に身を置く方が視た。
それだけ聞けば十分だと判断する者も多いはずだ。
だとしても、俺はできるだけ早めに行動を起こすべきだと考えている。
"先見"の力が万能であれば、それはもう約束された未来に繋がるレールから出られないことを意味するからな。
それが正しい道、より多くの人が幸せになれる場所を指すのであれば、何の問題はない。
だがそんなことが、本当にありうるのか?
約束された未来のことを、俺たちは"宿命"と呼ぶんじゃないのか?
運命は切り開けるものだと信じているが、宿命は違う。
それは変えようのない"確定された未来"で、抗えないものなんじゃないのか?
たとえどんなに手を尽くしても、結局は同じような未来に収束するような気がしてならなかった。
「……難しいこと考えてんな、ハルト」
「まぁ、な。
失敗は絶対に許されない。
けれど早期に決着をつけるべきだと思える矛盾。
どうすればいいのか、何が正しいのかも正直に言えば分からない。
何も見えない濃霧の中、それでも歩き続けなければならないような気持ちだよ」
何も感じず、気配も読めず。
手探りで最良の選択を選び取らなければならない。
そこに攻略法などあるわけもなく、ただひたすらに考え、自分の信じた道を進むしかないからこそ悩んでしまう。
"本当にこれでいいのか"、と。
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