第72話 そうであってほしい

「……"驚いた"、だなんて月並みな言葉しか出てこないわね……。

 噂程度には耳にしたけれど、まさか本当に潜伏してただなんて……」

「その辺りは聴取でしっかりと調べてほしいが、まず間違いないだろうな」


 驚愕の色を表情に浮かべながら、女性憲兵のアニタさんは呟くように話し、説明を補足するように俺は言葉を続けた。


 正直に言えば、俺も可能性があると思っていただけで、まさか本当にパルム内で発見できるとは想定外だった。


 それこそ、運が悪いとしか言えないほどの遭遇率だ。

 多くの人たちが暮らす町だろうとピンポイントで対峙するなんて余程のことだし、逆に言えば俺が見つけていなければどうなっていたのか考えるのも恐ろしい。


 少なくとも町民に溶け込むような生活をするだろうから、憲兵もこれまで見つけられなかったんだな。

 偶然だろうと連中を発見し、捕縛できたことは重畳と言えるかもしれないが。


 だが連中の話から察すると、少なくともひとり以上はこの町に潜伏している。

 それも社会的地位がそれなりに高い人物として居座っている可能性もある。

 つまるところ、それだけ根深く町に浸透しているってことになるが、だからこそ盗賊のボスが憲兵の動きを読めたのでは、とも俺には思えた。


 あくまでも推察の域を出ることはない。

 それでも、その危険性があると判断できるのであれば、対応策をしっかりと考えなければ盗賊の親玉を捕まえることは難しいだろうな。


 額に右手を当てながら悩み続けるアニタさんだが、頭を抱えたくなるような一件であることは間違いない。

 慎重に調査を進めるべきだと言える一方で、早急に情報収集をしなければ次なる一手を相手に与える結果にも繋がりかねないのだから、どう上司に報告するべきかを彼女は考え続けているんだな。


 とはいえ、いち分隊長である彼女は作戦の指揮権はもちろん、大きな命令を下す決定権すらも持ち合わせていない。

 自己判断で分隊を動かすのが限界の彼女からすれば、見た目だけでは判断できない人物の捜索をするには圧倒的に人数が足りないとアニタさん自身がいちばん理解しているんだろう。

 だからこそ、答えを出すことができずに考え込んでしまっている。


 もう少しだけ権限があれば、いち小隊規模で憲兵を動かせるのだが、残念ながらそれでも人手不足になるのは目に見えてるからな。

 自分にできる限界を感じながらも何かできないかと考え、それでも自分だけでは何もできないのだと思い知っているようなやるせない気持ちなのかもしれない。


 そういった意味で考えれば、憲兵ですらない俺にはまったく持ち合わせていないものだから、結局は憲兵の指示待ちしかできなかった。


「……せ、先輩……」


 新人憲兵のマルコは心配そうに彼女を見つめる。

 さすがに重々しい空気を感じた彼が口を挟むことはなかった。


「わかってるわ、マルコ。

 この件は、すぐにでも――」

「――おう、定時巡回だぞ」


 耳にしたことのある野太い男性の声が詰め所の入口まで届いた。

 これにも運がいいと言えるんだが、果たして盗賊と偶然出遭った直後に知り合いとも会える確率はどれくらいなんだろうな。


 思わず、人ならざる"人智を超えた者"の介入を、脳内で想定した。

 ひょっこりと顔を出した中年男性は、どこか楽しそうな表情を浮かべていた。


「だ、大隊長!

 ちょうど良かったです!」


 ウルマスさんは憲兵隊長と聞いていたが、まさか大隊長だとはさすがに思わなかったな。


「なんだ、アニタ。

 お前らしくないほど焦るような事件か?

 ……というか、ハルトじゃないか。

 冒険者辞めて憲兵に鞍替えするなら、いつでも大歓迎だぞ?」

「いや、冒険者を辞めたわけじゃないよ」


 豪快に笑いながら俺の肩をぽんぽんと叩くウルマスさんに答えると、とても残念そうに肩を落とした。


「……そうか、残念だよ。

 ハルトがいてくれたら随分と助かるんだが……」

「ハルトさんともお知り合いだったんですね、大隊長」

「まぁな。

 それよりも、何か問題事か?」

「それについて、もう一度説明するよ」



 詳細を報告すると、彼は終始、難しい表情を崩すことはなかった。

 昨日の今日で8人目の盗賊だからってのもあるとは思うが、何よりもこの一件はそう単純な事件で終わるとも思えない。

 最悪の場合は、パルムの危機にすら繋がりかねないんじゃないだろうか。


「……そいつらは地下牢にいるのか?」

「はい。

 現在もハルトさんの攻撃で気絶したままですので、念のために拘束をして牢に入れてます」

「そうか。

 なんて言うか、ハルトには厄介事のほうからやってくるような気がしてきたな」

「……俺も最近、本当にそうなんじゃないかと思い始めてるよ……」


 思えば、何も起きずに町を出たことがない。

 日本ではそんなことはまったくなかったが、この世界に来てからトラブル続きなのは何か意味があるんじゃないだろうかと思えてならなかった。


「まぁ、実際には気のせいなんだろうけどな」

「そうであってほしいと思うよ……」


 どっと疲れが溢れてきたような言葉が自然と出た。

 ともあれ、盗賊どもを捕まえたのだから、あとは憲兵に任せるしかない。

 連中がどれだけの情報を持ち、他にどれだけの盗賊が町にいるのか。


 興味は尽きないが、それは俺の仕事ではない。

 必要以上に首を突っ込むのも控えたほうがいいだろうな。

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