第71話 酔い潰れて

 男たちを引きずりながら街道に戻ると、周囲の注目を一気に浴びた。

 あっという間に取り囲まれ、一定距離を保ちながらこちらの様子を窺っているようだな。


 それも当然だろう。

 平穏な町中で気絶した一般人の首根っこを掴んでいるんだ。

 ここに異常性を感じないほうが危険だと言えるからな。


 ともあれ、さっさと要件を済ませてギルドに戻らなければならない。

 あまりいい報告はできそうもないが、それでも待たせてる子がいるんだ。

 約束を果たせないことには思うところが多かろうと、それでも伝える義務が俺にはあるからな。


「誰か、最寄りの憲兵詰め所を教えてもらえないか?」


 ざわざわと話し合う観衆に訊ねると、人の良さそうな中年女性が話してくれた。


「そ、それならあっちに――」

「――この人だかりは何ですか?」


 彼女の言葉を遮りながら、群衆をかき分けるようにやってきたふたりの憲兵。

 20代前半の女性と、明らかに新人と思えるような若手男性の二人組だ。

 こちらの姿を捉えると手荷物に驚愕したふたりだが、これで手間が省けた。


 たまたま周囲を巡回していた彼女たちに会えたことが偶然なのかは考え物だが。


「路地の奥で酔い潰れていた・・・・・・・

 詳細は憲兵詰め所で報告したい。

 同行してもらえるだろうか?」

「わかったわ。

 そこの小道から向かいましょう。

 人目にも付きにくいし、ついでに近道にもなるわ」


 こちらからの提案に二つ返事で答えた女性憲兵。

 彼女は聡明のようで、今の発言からある程度は情報が伝わったようだ。


 荒くれ者を捕縛したと言っても良かったが、住民に不安を与えるだけだろう。

 何も伝えないでこの場を離れることはあまり良くないが、それでも"盗賊"と言葉にするのは論外だ。

 町中でそんなものがいると知ればいらぬ不安と、他人に対して強い猜疑心を与える結果にしかならない。


 そうなれば、町の治安が悪化するのは目に見えている。

 この場での軽はずみな言動がどれだけパルムに悪影響を与えるのかを考えれば、使ってはいけない言葉も行動も多いだろう。

 だからといって、この手に持った土産品を人知れずに憲兵詰め所まで運ぶこともリスクがある。

 屋根伝いに大の男ふたりを持った運び人の姿は、悪名になりかねないからな。


 しかし、新人憲兵の男性には少し難しかったようだ。

 ある意味ではこの場の空気を一変してくれたことに感謝したいところだが、それを無自覚で話してるみたいだし、ただの天然なのかもしれない。


「さっすが先輩っすね!

 俺なんてまだ迷うことがあるのに、近道まで覚えてて凄いっす!」

「もう少し町並みに詳しくならないと、後輩にどんどん追い抜かれるわよ」


 痛いところを突かれたようだが、そもそも頭に地図を入れられないと憲兵としては問題なんじゃないかとも俺には思えた。


「し、仕方ないっすよ!

 だって俺、西区に赴任してまだひと月っすよ!?」


 それは理由にならない。

 そう思った瞬間、彼女は小さくため息をつきながら言葉にした。


「"もう・・ひと月"、よ。

 それだけの時間があれば覚えられるでしょう?

 それに町の平穏を護ると決めたのなら、早めに記憶しなさい。

 そんな心構えじゃ、大切な人たちを護れないわよ」

「……ぅ。

 ……頑張るっす……」


 しょぼくれる新人憲兵だが、彼女の言うことは正しい。

 それくらいの覚悟無しに町の平穏を護るのは大変だと思えた。

 異例とはいえ今回のような件もあるんだから、後ろから刺されかねない。

 逃走した悪党を捕縛するにも、頭に町並みがしっかりと入っていなければ逃げられることも十分に考えられる。


 憲兵ってのは言うほど簡単でも楽でもない、時には命をかける職業なんだ。

 のんびりとした町だろうと、そういった覚悟ができていなければ最悪な状況を自ら導きかねないのだと、彼女は後輩に教えている。


 それをお小言と取るか、貴重な助言として聞き入れるかで生死に深く関わってくるかもしれないな。


 ……残念ながら男性は前者のようだが、彼女の下で経験を積めばいずれは理解できるようになるはずだと思える先輩だし、きっと大丈夫だろう。


「それでは、行きましょうか」

「あぁ」

「ひとり、お持ちしましょうか?」

「いや、大丈夫だよ」


 俺の言葉に若干心配された。

 まぁ、大人の男ふたりを引きずっているんだから、それも当然か。


 これは女性からすれば差別的な言動に捉えられかねないが、女性に重いものを持たせるのも気が引けた。

 それを理解した上で好意的に思える表情を向けられたことに、俺は安堵した。

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