第17話 いい子に限って
憲兵詰め所から宿屋に向かい、部屋を借りた俺は町の薬屋を訪れた。
どうやらこの風体は目立つようだが、入店した直後に新人冒険者だとバレたのにはさすがに驚いた。
その理由のひとつが、小さな町であることだ。
中でも薬屋は3軒しかなく、この店の店主は大抵の客を覚えているらしい。
とても親切な細身の中年女性で、新人の俺に様々な薬の知識を教えてくれた。
「――同じ回復薬でも、このふたつの効果は違うのか?」
「こいつはね、左が質のいいポーションなのさ。
ほら、右の小瓶に入った中身と比べても色が薄いだろう?」
薄いほうが効果量が高いのか。
むしろ逆のように思えるが、こういったところも地球とは違うようだ。
飲むことで傷を癒せる"魔法薬"は、その製作過程で魔力が込められるらしく、塗り薬や貼り薬などよりも遥かに早く効果が出るらしい。
あくまでも仮定の話だが、魔法薬が体内の魔力を活性化させることで一種の回復魔法である"ヒール"と同質の効果を発揮させるのではと言われているが、正確なところは分かっていないそうだ。
もしその仮説が正しければ、魔力を持たない可能性が高い俺には効果がないかもしれないな。
「ま、そんなもん詳しく研究してるのは世界でも西にある大国の王国薬師くらいで、あたしらにゃ縁のない話さね。
ともあれ、粗悪品の薬はおススメしないよ。
たいした回復力もないし、逆に悪い効果も出たりするんだ。
買うなら品質が普通のものか、高品質にするべきだね。
こいつなら深く抉られたような傷でも塞がって、出血も止まるよ。
それに危険な時こそ頼るものだから、ある程度は奮発しないと大変なことになりかねないよ」
「確かにそうだな。
とは言っても、資金がそれほど潤沢じゃないんだ。
高品質の薬を1本だけ買わせてもらうよ」
「はいよ。
800キュロだね。
ちなみに普通の品質は300キュロが一般価格だから、覚えておくといいさね。
市場や周囲の環境で変わるけど、最高品質は1700くらいが相場だと思うよ」
「その最高品質ってのはここにないみたいだし、よほどの薬師でもなければ作れないのか?」
「そうさねぇ。
少なくとも王都の一流薬師でもなければ作れないだろうね。
まぁ、通常の回復薬なら最高品質なんていらないとあたしは思うよ。
それなら効果自体が上の"ハイポーション"を買うべきさね」
分類上、いま購入した薬はローポーションと呼ばれている。
ハイポーションを薄めたようなものではなく、貴重な素材を使っているからこそ高い性能を持つそうだ。
そういった素材はもちろん、一般的な薬に使う薬草はギルドでも常に依頼書が貼られているそうで、採取を専門に受け続ける冒険者も多いらしい。
魔物を狩り続けて生計を立てるよりも素材を持ち帰ったほうが遥かに安全だし、魔物の場合は解体しないと収入にはならないから違ったリスクもある。
血の匂いに釣られて魔物を呼び寄せる状況は危険なことになりかねないと、解体師のオスクさんは教えてくれた。
中でも厄介なのは、凶悪な魔物と遭遇した場合か。
大抵は森の最奥など人里から離れた場所に巣を作るらしいが、周辺地域から迷い込むようにやってくることも、非常に稀だが報告されているようだ。
もし若手冒険者が鉢合わせれば、討伐はもちろん逃げることすら難しいだろう。
冒険者が町の近くまで魔物を引っ張り、予期せぬ場所で遭遇する可能性も頭の片隅には置いておくべきかもしれないな。
「あんたも気を付けるんだよ?
薬だって万能じゃないんだ。
危なくなったら逃げていいんだからね。
それを恥ずかしいことだ、なんて思っちゃダメだよ」
「あぁ、ありがとう。
命あっての物種だからな。
生きてさえいれば、なんとかなる」
「……そうだね」
俺の言葉に薬屋の女性は暗い表情で答えた。
こんな世界だ。
人が人を襲うだけでは済まない。
中には一般人が対処できないほどの魔物も多いはずだ。
そういったことから思うところもあるんだろうと、俺には思えた。
「……薬屋やってるとね、買いに来なくなる子がいるのさ。
こんな小さな町だ。
引退していればそれでいいんだけど、違う話も小耳に挟むもんなんだよ。
冒険者や騎士なんて職業に就いていれば危険と隣り合わせなのも当然だけど、それでも見知った顔が来なくなるのは、さすがに堪えるよ……」
それだけ危険な世界なんだ。
彼女の言葉と瞳の色は、それを強く伝えてくれた。
「……いい子に限って、先に逝っちまうもんさ……。
だからあんたも、十分すぎるほどに気を付けるんだよ?」
今にも泣きそうなほどの声色で彼女は言葉にする。
まるで懇願しているようにも思えるほどの"想い"も、俺は忘れてはいけない。
軽々しく考えるな。
死んだらそこで、すべてが終わるんだ。
魔物だろうと盗賊だろうと、甘えや情けは棄てろ。
「……本当にいい子だねぇ、あんた」
微笑みながら話す女性に、俺は感謝を込めて言葉にした。
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