第167話 気にしすぎだろうか

 オレンジ色に染まる町並みはどこか哀愁を漂わせ、切ないような懐かしいような不思議な気持ちにさせた。

 涼しげな風が体を通り抜け、遠くから美味しそうな香りを優しく運ぶ。

 子供たちは楽しげに走り回り、きっとそのまま家路につくんだろう。


 露店はそろそろ閉じる準備に入っているんだな。

 本格的な夜が来る前に彼らも家に帰るのか。


 不思議な郷愁を感じさせながら海外の色を強く連想させる異世界の旅も、ようやく目的地が見えてきた。

 そんな気持ちにさせる町を俺たちは歩いた。



 "リンドホルム"

 ストレムブラード王国最西端と言われる、セーデルホルムの西に位置する町。

 東は平原、南北には林が広がり、ここより西には草原がわずか。

 それを越えればあとは森が続くと聞いた場所になる。


 総人口はおよそ13000人。

 これといった特産物もなく、名産品と呼べるものもない。

 それなのに比較的大きな町として存在するのも、他国から随分と離れているのが理由なのかもしれないな。


 遠ければ遠いほど、戦争の影響を受けにくいはずだ。

 ラウヴォラ王国はそれほど危険視されていないそうだが、問題はゼイルストラ帝国だと国民からは思われているのかもしれない。


 関わり合いになりたくないと本気で思える危険思想と、弱者は奴隷として使役することを赦される信じがたい法律そのものが理解できるはずもなく、ひとたび帝国兵と出遭えば攫われかねないとすら言われてるのだから、なるべく遠くで静かに暮らしたいと思う国民も多いんじゃないだろうか。


 言うなれば危険を回避しようとする意志の下に集まったのが、この町に住む住民たちなのかもしれないな。

 もちろんすべてではないとは思うが、正直笑えない近隣国がそれを肯定しているとも考えられた。


 この町は最西端のひとつとされるが、当然のように北にも南にも町は存在する。

 しかし、俺がアウリスさんとユーリアさんに依頼された調査の場所は、ここよりさらに西へ向かった森の奥になるから、このリンドホルムが目的地にいちばん近い町となるのは間違いない。


 この町が旅の終着点とはいかないものの、それでも感慨深い気持ちになった。

 随分と色々な町を通って、たくさんの人たちと出会ってきたからな。

 そう思えるのも、当たり前のことなのかもしれない。



「……静かな町だな」


 呟くように俺は言葉にした。

 1万人以上も住む町にしては静かすぎる。


 賑わいがないわけじゃない。

 行き交う人々の表情も明るい。

 ストレムブラード王国特有の雰囲気にも思える波長を町民が放っていることも、これまで訪れた町との差は感じなかった。


「最西端の町ってんなら、町民ものんびりするもんじゃないか?

 言ってみれば"田舎"って言えるほど王都から離れてんだろ?」

「カルロッテさんの話では、この国の王都は南東の町を4つ超えた先だったか」

「そんだけ離れてりゃ、静かに暮らすには十分すぎるんじゃないか?」

「どうなんだろうな。

 この国はあまりにもラウヴォラとは違うからな。

 未だに不思議な国だなって思うくらいだし、俺には答えられねぇな」


 戸惑いながら、どこか呆気に取られたようにサウルさんは答えた。


 国が違えば、様々な点で差異が出るのは当然だと思う。

 それこそ法律から何から変わる部分も多いはずだから、国民性だろうと大きな変化を感じても不思議じゃない。


 ……気にしすぎ、だろうか。



 *  *   



「いい宿も取れたし、これからどうする?」

「まだ暗くなるには少し時間があるから、どこかのカフェか広場で勇者本を読みたいな」

「そういや、嬢ちゃんたちがずっとくっついてたこともあって、まともに読めてなかったんだよな?」

「1冊だけだが、ある程度は読んだよ。

 面白おかしく書かれた本だから、参考にはならなかったが」


 創作物として書かれた本の1冊を読み終えたと言えるほどには目を通した。

 幼い子供相手に話せない内容も中にはいくつか書かれてたが、残念ながら俺の欲していた情報はなかった。


 しいて言えば、魔王を倒すのは勇者が放つ光の一撃であることや、魔王が闇の魔力とおぼしき力を使う点くらいだろうか。


 まだ結末まで読んでないが、おおよそ見当のつく終わり方をしているはずだし、そこに何らかの情報が含まれるとも俺には思えなかったから、あまり期待はしていない。


「……"勇者"、ねぇ。

 そもそもこの世界の住人じゃないってくらいで、あんま知られてない存在なんじゃねぇか?」

「その可能性も高いと思ってるよ。

 あの子たちに読み聞かせた本も旅の道中から物語が始まってたし、勇者の過去に触れた記述もなかったことを考えれば、著者も大して知らない情報から独自に作り上げたんじゃないかな」

「それじゃ、期待できねぇな。

 ハルトが欲しいのは"そこ"だろ?」

「そうだな。

 勇者がどこからきて、どこへ向かうのか。

 ただ漠然と旅に出て魔王を倒して世界を救うなんて、あまりにも適当すぎる」


 それじゃ、何も知らないのに逸話だけ聞いた人が自作した物語を披露してるだけの著作物になる。


 俺が知りたいのはそんなことじゃない。

 勇者とは何者で、どこから来てどこへ向かったのか。

 そしてどこで旅を終え、どうしてこの世界から消えたのか、だ。


 購入した本の中には、実話として伝えられる内容のものが2冊ある。

 ここに活路を見出せるのかは読んでみなければ分からないが、そもそもいつの時代の話・・・・・・・なのかも俺は知らずにいる。


 だが十数年はもちろん、何十年前ってこともないだろう。

 住民たちが言い伝えていない時点でないと言い切れる。


 少なくても100年か、それ以上。

 もしくは本当に伝説上の話である点も考えられる。


 地球から降り立ったのか、それとも別次元から来たのか。

 異世界人の時代背景についても興味深いが、最低限知りたいのはそこじゃない。


「そもそも、魔王ってのはどこにいるんだ・・・・・・・?」


 俺の言葉に、ふたりは足を止めながら視線をこちらに向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る