第168話 期待は持てないか
「すごい本の数ですね。
何かのお勉強ですか?」
「いや、ただの興味本位なだけだよ。
それよりもテーブルを散らかして悪いな」
「いえいえ、どうぞ自由に使ってください」
「ありがとう。
折角だし、甘いもので何かおすすめはあるか?」
「それでしたら、当店自慢のキャロットケーキはいかがでしょう?
お茶に合うように甘さも控えめにしてありますし、生地はもちろん、トッピングにもニンジンをふんだんに使ったケーキで評判もいいんですよ」
キャロットケーキか。
たまにはいいかもしれないな。
「じゃあキャロットケーキを3つと、お茶のおかわりをもらえるか?」
「はーい!
ありがとうございます!」
嬉しそうに帰っていく女性店員を目で軽く追い、視線を本へ戻した。
そろそろ読みづらくなる時間帯だが、もう少しだけ読み進めたいと思えた。
『そもそも、魔王ってのはどこにいるんだ?』
カフェに来る少し前の話を俺は思い起こす。
それすらも俺は知らないし、知る機会がこれまでなかった。
残念ながら一般人には公開されないような秘匿情報で、王国の中枢が規制している可能性も十分に考えられるが、だとすると俺にはどうやっても入手できないものになる。
「カナタも知らないみたいだしな。
残るは王城にいたアイナとレイラだが……」
「ま、あのふたりも知らねぇだろうな。
黙ってる必要性も感じないからな。
……となると、もっと中枢か?」
ヴェルナさんの言葉は、なまじ笑えないものだった。
もしもそれが正しいとするのなら、俺たちはラウヴォラ王国の中枢にいる大臣か、それに等しい人物から情報を得られなければ何も知ることができないと言っているのと同義だからだ。
「可能性の話だが、レフティ・カイラも何かを知ってるかもしれないな。
運良く会えたとして、素直に教えてくれるかは分からないが」
「王国最強の騎士って話は伊達じゃねぇぞ。
肌にビリビリ伝わるやつと会ったのは、あいつが2人目だ」
「あとひとりはお前の師匠の婆さんか?」
「アイナとレイラを除けばな。
あの人は正真正銘のバケモンだよ。
今でこそ結構強くなったと自負してるけど、とてもじゃないが勝てる姿を想像できない隔絶した強さを持ってるよ。
まぁ、見た目もまだ40代にしか見えないバケモンだけどな!」
そう話しながらヴェルナさんは豪快に笑ったが、内心では相当緊張していた。
いったいどれだけの達人なんだと思えてならないし、そんな方と打ち合えば俺も何かを掴めるかもしれないと思えてならなかった。
「……やめとけ、ハルト。
年甲斐もなく、若くて強い男に目がねぇんだ……」
心の底から心配された。
ある意味で彼女は危険人物なのかもしれないな……。
* *
「お待たせしました!
当店自慢のキャロットケーキです!
お茶のおかわりもすぐにお持ちしますね!」
「あぁ、ありがとう」
ここらで今日は終わろうか。
そう言葉にする直前、ヴェルナさんに限界が訪れたようだ。
「……あー、ダメだ!
アタシはもう無理だ!
あとはふたりに任せた!」
「挫折するの、早過ぎんぞ。
まだ1冊読み終えただけじゃねぇか」
「これでもアタシは頑張ったんだよ!
元々こういうのには向いてねぇんだ!」
確かに体を動かすのが好きなヴェルナさんには苦手そうな分野だな。
情報を探ることを主に活動する"スカウト"なんて無理だと思えた。
「それで、しっかり読めたのか?」
「まぁ、な」
「ヴェルナさんらしくないな。
何か違和感でもあったのか?」
そうでもなければ、今の反応に説明はできないと思えた。
だがどうやら、そういったことではなかったようだ。
いや、ある意味では
「この……なんだ?
"勇者の軌跡と冒険の日々"、か?
登場する勇者の行動がハルトの話した内容に似すぎてるんだよ」
「似すぎてる?
つまり、内容がほぼ一緒ってことか?」
「だな。
たとえば洞窟で宝石を見つけた話。
町に持ち帰って鑑定してもらうと非常に希少価値の高い宝石だったってあれな、色の違いこそあったがほぼ同じ内容で記載されてる。
ハルトが双子に読み聞かせてた宝石は青だったが、こっちは赤になってたな。
それ以外にも妖精やドラゴン、不死者の王"リッチ"なんてのも登場してたぞ」
「リッチの記述は読まなかっただけで、こっちにも書かれてたな。
確か村人が封印を解いたことから災いが村全体を覆い、アンデッド化したことで勇者が討伐要請された、とかだったか」
結局村人は全員アンデッドとなって勇者に襲いかかり、そのまま切り捨てられて解決した後味の悪い話だった。
その時に同行していた仲間のひとりが殺され、リッチに蘇らせられたことで勇者一行に凄まじい衝撃を与えたと書かれていたな。
これらのエピソードについても、同じ内容と思われるものとして記載されているのだとヴェルナさんは話した。
「ただな、その仲間はリッチを倒したことで元に戻ったとあった。
それと書かれたエピソードの順序も違うんだよな。
妖精の力を得てドラゴンを倒し、さらに強いリッチと遭遇するって内容だ」
「……どういうことだ?
どっちが正しくて、片っぽが間違ってるって話なのか?」
「いや、そうとは限らないかもしれない。
どちらの本も人伝に聞いた話を著者が独自の見解でしたためた内容なら、それほど大きな差はないと思うし、何よりも人の噂ってのはどんどん変化していくことがあるからな」
そもそもどちらの著者が正しいのかではなく、どちらも正しい話を別々の噂から書き記したと考えるのが妥当なんじゃないだろうか。
だとすると、真偽すら定かではない曖昧な情報ってことになる。
やはり創作物として書かれた書物に期待は持てないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます