第169話 優先順位が違うと

 翌日、俺たちは同じカフェに足を運び、店員の許可をもらった上で再び本をテーブルに積んで勉強会を始めた。


「すまないな、今日も」

「どうぞ気にせずに当店を使ってください!

 このお店はお客さんを待たせることもありませんし、勇者様のお話は耳に入ってくるだけでも楽しいですから!」

「勇者について知ってるのか?」

「子供の頃からの憧れでしたし、ある程度は今も憶えてますよ」

「いつの時代の話か知ってるか?」

「いえ、そこまでは。

 というよりも記載されてないんですよね。

 どこの世界から来てどこへ還ったのかも分からない、とても神秘的な方なので」


 思わず、俺たち3人は視線を合わせてしまう。

 本以上の情報を知るとは思えないが、何かの手掛かりが掴めるかもしれないな。


「少し時間をもらえないだろうか。

 個人的な主観でかまわない。

 勇者について聞かせてもらえるか?」

「えぇ、いいですよ。

 この時間は結構空いてるので」

「そういえば、朝に利用する客はいないのか」

「早朝ですからね」


 なるほどな。

 確かに朝っぱらから優雅にお茶をいただく人も限定されそうだ。

 それでも開店してるのは、ふらりと立ち寄れるような店にしたかった父の方針なのだと彼女は話した。


「まぁ、ほとんどお客さんは来ないんですけどね!

 軽食も出せるんですが、食事をするなら料理店に行っちゃいますから」

「冒険者もがっつり食うやつが多いし、難しいだろうな。

 アタシも今日は食う量が増えるような気がするぜ!」

「……お前は1冊読んだだけでリタイアしてなかったか?」

「いいんだよ細けぇことは!

 そんで、勇者について知ってることを教えてくれよ」

「はい!」


 笑顔で答えたカフェの店員、リナ。

 彼女の話は熱狂的なものではなく、あくまでも憧れの範疇だった。

 だからこそ、多くの疑問点に気付いたのかもしれない。


 勇者とは異なる世界から来た英雄と言われ、この世界を救ったのちは消えるように元の世界へ還ったのではないかと彼女は推察した。

 そうでもなければ、まるでぷっつりと途切れるように情報がなくなるとは思えないからだと続けた。


 そもそも魔王討伐後もこの世界にいたのだとすれば、英雄譚の続編が様々な形で出版されているのではないかとリナは話す。


「たとえば国を治めて名君となり、美しい姫と結婚して幸せになりました、なんてのが一般的な英雄と姫君の恋愛物だと思うんです。

 世界を歩いただけで本になるほど注目度の高い方ですから、私は魔王討伐後に元いた世界へ還ったのではないかと昔から考えていました」


 確かに、そうでもなければ書物も山のように増えていても不思議じゃない。

 むしろ出ているはずだとも思えるが、そうなると今度は帰還する術が気になるところだな。


 とはいえ、書物にも記載されてない情報をリナが知っているはずもない。

 彼女はあくまでも持論を述べただけだから、実際にそうだったと確信を得られるほどの情報は持っていないだろう。


 だとしても、やはり気にならないとは思えなかった。


「ここにある本をすべて読んだとしても答えには繋がらないが、それでも勇者の仲間がどれだけの期間冒険を共にして、最後はどう別れたのかは気になる。

 そもそも魔王は"闇の化身"として表記されていた。

 曖昧としか思えない抽象的な表現だが、魔王の存在もあやふやだ」

「私が知る限り、魔王はすべて同じような闇の権化として登場しますよ。

 ただ、これは作者の感性に大きく偏っていると思うんですけど、勇者の人物像も結構違うんです」


 たとえば一人称だと彼女は話した。

 私であったり俺であったり、中には僕と呼んでいたものもあるようだ。

 テーブルの真ん中に積んである7冊の本を確認してもらったが、一般的な勇者の物語と思っていた4冊のうち、俺がエレオノーラとエレオノール姉妹に話したもの以外は読んだことがないと答えた。


「それだけ勇者の書籍があるってことか」

「本は1冊のお値段こそ高いですけど、高額買取をしてくれるので借りている感覚が近いかもしれませんね。

 大抵は王都で印刷されたものを長距離輸送するために高くなるんだって、商人のお客さんに聞いたことがあります。

 それこそ製造元で買えば1冊3000リネーほどなのだとか」

「そいつぁ安くて手が届く値段だな。

 俺はてっきりどこでも高いもんだと思ってたよ」


 つまりは安価で本を作れるってことだ。

 勇者は題材としても申し分ないし、数々の本が出ていてもおかしくはないか。


 詳しく聞いてみると王都はもちろん、大きな都市であれば無料で閲覧できる図書館があるらしい。


 さすがにセーデルホルムにはなかったみたいだが、あの町は大きいとはいっても農業都市って呼ばれてるからな。

 作物に関しては相当安いし、料理も質のいい野菜が入ってたが、書物に関してはそれほど重要視されていないのかもしれない。


 "知識は何ものにも代えがたい財産"だと言葉にした偉人がいたような気もするが、そういった思考をする人はこの世界にはあまり多くないんだろうか。


「図書館となると、この辺りでは遠くの"フォーシュルンド"でしょうか。

 学者さんも多いと聞きますが、ここからだと南東に2つ町を超えた先ですね」


 日数も馬車で18日はかかるようだ。

 もちろん町での乗り継ぎを考えると、20日は軽く超えると思ったほうがいい。


 かなり大きな町で、大都市だと言葉にする人もいるらしい。

 学者が多く、立派な図書館が夜遅くまで無料開放されているのだとか。


「行ってみるか?」


 サウルさんの提案に、俺は即答できなかった。

 遠いと判断したこともあるが、そこに違和感を覚えた。

 心のどこかでは優先順位が違うと判断しているように思えてならなかった。


 まるで、あまり時間をかけないほうがいいと、何ものかに諭されてるような。

 そんな曖昧で不確かな感覚的なものが重要なんだと俺は感じているのか?


「無期限の依頼とはいっても、俺の目的はあくまでも調査だ。

 まずはそちらを先に達成してから調べようと思う」



 この行動が何を意味するのか、今の俺には分からない。

 けど、何かが引っかかる気がしてならない感覚を無視することはできなかった。


 例えるのなら"予感"。

 それも、悪い方の。


 そうしないほうがいいと、俺は心のどこかで感じ取っているんだろうか。


「アタシはハルトに付いてくだけだ。

 どこに行きたいかはお前が決めればいいさ」

「……昔のお前に聞かせてやりてぇな、それ……」

「今のアタシを無言でぶん殴るのは間違いねぇな!」


 爆笑するヴェルナさんに、俺たちは苦笑いしか出なかった。

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