第170話 考えすぎだとは思えねぇよな
「……本の内容をざっくり読んだが、やはりこれといった差異は感じないな。
実話を元にした英雄本もオムニバス形式だったし、出身国はもちろん時代背景すら書かれてなかった」
「そんなもんじゃねぇか?
俺はこういった本を読んだのも初めてだが、読者が求めてるのは痛烈で爽快な話なんだろうな」
「確かに内容からはそう読み取れる。
実際にあった話って言われても、アタシはピンと来ねぇけどな」
「……とりあえずお前は突っ伏すのをやめて、本に視線を戻せ」
「やる気はあるんだ、やる気は……」
口から魂が出そうな表情で言われても、説得力は皆無だな。
元よりこうなることは昨日の段階から分かっていたんだが、こうして目の当たりにすると何とも言えない感慨が湧いてくるものなんだと知った。
ともあれ1冊は読んでくれたんだから、それで良しとしよう。
誰にでも苦手なものはあるし、無理強いも良くないからな。
「はーい!
お待たせしましたー!
ラズベリーソースのふわふわパンケーキ、フレッシュラズベリー添えですー!
豪華に3段重ねですよー!」
「きたきた!」
「お茶のおかわりはもう少し待ってくださいね!」
「そんじゃ休憩に……って、もう食ってんな……」
「やっぱ疲れた時は甘いもんだよなー!」
"突っ込まねぇぞ"と言わんばかりに白い目を向けるサウルさんだった。
そうはいっても、結構腹は減るもんだな。
少し集中しすぎていたのかもしれない。
甘い香りが食欲をそそるパンケーキにナイフを通す。
ふわふわに焼かれた生地へ切れ込みを入れると、甘酸っぱい香りのソースが後を追うように流れていった。
添えられたラズベリーを乗せて口へと運ぶ。
バターがしみ込んだコクのある味に、パンケーキの甘さと強めのアクセントの利いたソースが絶妙にマッチした一品を堪能する。
「……うめぇな。
このラズベリーソース、酒が入ってんのか?」
「はい!
ラズベリー酒とキルシュを少量混ぜて、大人な味に仕上げてあります!」
キルシュとは、サクランボで造った酒らしい。
正直、聞いたこともないんだが、もしかして有名なんだろうか。
「こいつもいいけどよ、酒は置いてねぇのか?」
「さすがにカフェですので……」
困ったようにリナは答えた。
そりゃそうだと思いながらも、昼だろうと自由に酒が飲めるのも冒険者の特権らしいから、この世界ではそれほど珍しくもない光景なのか?
俺としては周囲の視線が気になるが、そう思えるのも日本人だからかもしれないし、中世でなくても海外では至って普通のことだったりするんだろうか。
「それでどうですか、進展は」
「さっぱりだな」
「……なんでヴェルナが答えたんだ?」
「いいじゃねぇかよ、そんなことは」
笑いながら答えるが、ヴェルナさんも1冊は読んでくれたからな。
読むのは苦手でも頑張ってくれたんだし、それで充分だ。
「結局、勇者と仲間たちの行く末は書かれてなかった。
一部の本には英雄が倒れ、伝説になったと載っていたものはあったが、これは勇者じゃないだろうからヴェルナさんの言うようにさっぱりだな」
「……倒れた英雄。
もしかして、"レセンデス"ですか?」
「有名なのか?」
「そうですね、結構有名な逸話だと思います。
私も詳しくは知らないんですけど、とんでもない魔物を倒して亡くなった方だと聞いてます」
「そうらしいな。
恐らくは危険種どころか、それ以上の魔物だ。
本に書かれた内容から推察すると、文字通りの怪物だな」
嘘か本当か、"ドレイク"と呼ばれた種類の魔物だと書かれていた。
その名には俺も聞き覚えがある。
表現が正しいのであれば、それは"ドラゴン"と同義のはずだ。
書物の中では凄まじい火炎と吹雪を口から放ち、いかなる英傑をも怯ませる咆哮と凄まじい重量の巨躯から放たれる尾の一撃は、たったの一振りで大勢の仲間たちを葬り去ったとあった。
もしこんな化け物が現在もいるのなら、世界はこれほど落ち着いてはいない。
そこから考えると恐らくはその1匹だけか、他に存在するとしてもその個体数は限りなく少ないと思えた。
……そんなものが何匹も世界のどこかにいるなんて、想像したくもないのが本音ではあるが。
「まぁ、伝説の生物って言われてるくらいだしな。
おとぎ話程度ならアタシも知ってるぞ」
「あれだろ?
炎の息で山をも溶かすってやつ」
「そうそう。
岩を噛み砕き、空を斬り裂くってな。
まぁ、子供向けの作り話だとアタシは思ってるが」
実際にそれを見たことがなければ、そう判断しても不思議じゃない。
架空の存在かどうかは確かめようもないことだが、今回調べたいこととは違うから、その話は置いておくとして。
「魔王についての記載も、ほとんどなかったな」
「まぁ、物語ってのはそんなもんじゃねぇか?
それでも"北の果て"にいるってあったんだろ?」
「そうだな。
「"まるで合わせたかのように"ってか?
考えすぎだとは思えねぇよな、さすがに」
よくある話だ。
人里離れた場所に居を構える。
もしくは、そういった地帯に出現すると言われる。
北の果て。
それもさらに越えた先だと書かれていた。
曖昧な表現だと感じるのも当然だと思えた。
「ゼイルストラ帝国や、パレンシア共和国よりもさらに北方か。
さすがにアタシはまったく知らねぇ地域だな」
「確か大雪原を越えた先にある"永久凍土の氷で包まれた世界"だと聞いたことがありますが、私には物語に登場する架空の場所としか思えませんよ」
「確かに、俺もそう思える」
だが問題は、そんな場所へ一条を向かわせる気なのか、という点か。
それこそ曖昧な情報だし、実際に魔王がいるのかも定かではないほど影響すら感じない現在で、意味もなく一条をそんな秘境とも言えないような酷寒の地へ派遣するとも思えないが、ラウヴォラ王国の中枢を見てるとなまじ笑えない俺がいる。
魔王を倒せば帰還できるなんて文言も一切書かれてなかったし、勇者と魔王については完全に手詰まりだな。
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