第75話 冒険者としての義務

 アニタさんとマルコを連れてギルドに戻ると、両親と思われる若い男女とテーブルに付きながら甘いものを美味しそうに食べているカティの姿が目に映った。

 とても楽しそうな笑顔に頬を緩ませながら、俺たちは飲食スペースへ向かった。


「あ!

 はるとおにいちゃんだ!」


 甘くて美味しいものよりも駆け寄ることを選んでくれたカティは、俺の腕をベッドにして天を仰ぐように熟睡する子を見ながら、満面の笑みで答えた。


「かとりーなだ!

 みつけてくれてありがとう、はるとおにいちゃん!」

「カティの"お願い"だったからな。

 だけど、俺が見つけたわけじゃないんだ。

 ここにいる憲兵のアニタお姉さんが教えてくれた場所にいたんだよ」

「そうなの?

 ありがとう、あにたおねえちゃん!」

「どういたしまして」


 とても嬉しそうに答えるアニタさんは、子供も大好きなんだろうな。

 幸せそうにも見える笑みを浮かべながら、彼女は言葉を続けた。


「でも私は、にゃんこさんたちがいる場所を知ってただけで、そこにカトリーナちゃんがいるかは分からなかったの。

 だから、町中を歩き続けて探してくれたハルトさんが見つけたんだよ」

「そっか!

 じゃあ、はるとおにいちゃんも、あにたおねえちゃんもありがとう!」

「これからも、家族を大切にな?」

「うん!

 あ、そうだ!」


 思い出したように、カティはスカートにつけられたポケットから何かを取り出した。


「はい!

 おれいです!」


 両手を添えて手のひらに乗せられたものを受け取りながら、俺は答えた。


「あぁ、確かにもらうよ」

「うん!」


 とても重いと感じる報酬金だった。

 それでも、もらわない選択はしないほうがいい。


 カトリーナはさすがにカティには重いだろうから、両親に託そう。

 ちょうどこちらにやってきたし、これで依頼は無事に達成できるな。


 父親は酒造りの職人だろうか。

 それにしてはがっしりとした筋肉が服の上からでも分かるほど付いてるが。

 可愛らしいカティとはあまり似ていないようにも見える、勇ましい顔立ちだ。


「娘が世話になった。

 相手は気ままな猫だから、相当大変だったろ?」

「いや、そんなこともなかったよ。

 正確な場所はアニタさんから聞いてほしい。

 たぶんお気に入りだろうし、次もきっとそこにいると思うよ」

「そうか。

 重ねて感謝するよ」


 時間的な余裕がなかっただけだからな。

 だとしても、数日かける依頼にならなくて本当に良かった。

 その間カトリーナが家に戻らなかったら、カティは相当落ち込むだろうからな。


 そう思っていると、カティを大人にしたような母親が小さな袋を差し出した。


「少ないですが、これはお礼です。

 娘のお願いを聞いてくださって、ありがとうございました」

「悪いが、それは受け取れないよ」


 きょとんとした表情を浮かべるふたりだが、これには理由が明確にある。

 カティが持っている自作の依頼書を見てもらいながら話した。


「ここに書いてあるように依頼は猫探しで、その報酬は100キュロだ。

 金額の記載はギルド職員から聞いたこの場で書き足したんだろうけど、冒険者としてそれ以上の報酬を受け取るわけにはいかないんだよ」

「で、ですが……」


 まぁ、これだけの話で納得なんて普通はできないよな。

 しかし俺が冒険者である以上、それは断らなければならない。


 何よりも幼い子供の前なんだから、模範的な姿を見せる必要がある。

 荒くれ者が多い冒険者の中でも、俺みたいなやつが少なからずいるとカティに教えてあげたかった。


「冒険者は一度その依頼書で契約した以上、別の金銭を受け取らないのが原則だ。

 それはたとえ幼い子が用意した手書きの依頼書だろうと変わることはない。

 正当な報酬もカティからしっかりと受け取ったから、そこで依頼は達成だよ」


 納得のいかない様子の夫婦だが、これは冒険者としての義務にも関係してくる。


 依頼とは、依頼者がギルドに正式な依頼書を提出して内容を精査、受理されることで掲示板に貼り出される。

 そこには依頼内容の詳細と報酬金額が前もって記載され、それ以上の対価を冒険者側が求めることができないようになっている。

 ギルドが仲介しているとはいえ、ここに文句を言うやつも出るだろうからな。


 思えば、素材云々で揉めてる場面を目にしたが、あれは中々の醜態だった。

 そんな姿をカティに見せるわけにはいかないんだから、これでいいんだ。

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