第74話 可愛いのよねぇ

 それほど時間をかけず、聴取を終えることができたのは重畳だった。

 これならもう少しだけカトリーナの捜索ができるかもしれない。


「今回も世話になったな。

 感謝するよ、ハルト」

「いや、偶然見つけただけだから、運が良かったんだよ」

「……偶然で誰も行かない路地裏に行ったりするもんなんすかね」


 鋭い突っ込みを入れられたが、そう思うのも当然だろう。

 用事でもなければ近くの住民しか行かないはずの場所だからな。

 なぜそんな場所にいたのかを聞かれなかったのは意外だが、そういったことも含めて俺を信頼してくれているのかもしれない。


 大きい影響を与えてくれたのは、サウルさんとヴェルナさんのふたりだ。

 知名度の高いランクA冒険者と行動を共にしただけで得られるほど信頼は軽いものじゃないが、それでも好印象を持って対応してくれることに感謝をするべきだ。


「それは、ある子から受けた依頼に関係があるんだよ」


 俺はこれまでの経緯を含む依頼について話した。

 何か少しでも情報がもらえればと期待を込めたが、ここは憲兵隊の詰め所だ。

 人に関しての話は多く飛び交うが、猫ともなれば話は別だろうな。


「なるほど!

 それでそんな寂れた場所に入って行ったんすね!」

「あぁ。

 猫が好きそうな場所なら、いるかもしれないからな」

「カティちゃんは西区に住んでいるのですよね?」

「あくまでも推察だが、恐らくはそうだと思うよ。

 今は冒険者ギルドに保護してもらってるが、両親もいずれ来るはずだ」


 もし来なければ、カティを連れてここに戻ってくればいい。

 憲兵隊はそっち方面も得意としてるだろうから非常に心強い。


 ふとアニタさんヘ視線を向けると、何かを考え込んでいることに気付く。

 心当たりがあるんじゃないだろうかと思えた俺は、彼女に訊ねた。


「もしかして、猫が行きそうな場所を知っているのか?」

「そう、ですね。

 そこにいるかは分かりませんが、にゃ……こほん。

 猫のいそうな場所に、一か所だけ心当たりがあります」

「"にゃんこ"でいいぞ、アニタ」


 にまにまと彼女を見つめるウルマスさんの視線に、ばつが悪そうにアニタさんは瞳を閉じた。

 心なしか眉にしわが寄っているところから判断すると、失言だと思ったようだ。


 *  *   


 アニタさんに連れられてやってきたその場所は町中にありながらぽっかりと空いたような空き地で、光が優しく差し込む猫たちにとっては憩い広場となっていた。


 7、8匹横になりながら好きな場所で気ままにお昼寝をする子たち。

 どうやら西区の憲兵詰め所から200メートルほど東に離れた場所のようだ。

 俺が索敵した範囲のわずか15メートル程度外した場所に位置するようで、何とも言えない気持ちが溢れて思考が軽く停止した。


 喧嘩することもなく広場を自由に使う猫たちの中で、気になる子を見つけた。

 ゆっくりと近づいても微動だにせず、触れられる距離でようやくお昼寝から目覚めたその子は、俺を見ると地面にすりつきながら寝返りを打った。

 そのなんとも表現しづらい空気を感じながらも猫に優しく触れると、ごろごろと喉を鳴らして喜んだ。


「……まさか、こんなに近くにいたなんてな……」

「その子で間違いありませんか?」

「あぁ。

 首元からやや背中にかけて星型に見える白い模様がある。

 カティに確認してもらう必要があるが、恐らくこの子で間違いないだろうな」

「……不思議な模様っすね。

 それに黒い毛も光に当たると焦げ茶にも見えるなんて、初めて知ったっす」

「黒猫といっても様々いるのよ。

 どれも同じに見えて茶色だったり真っ黒だったりと、みんな毛色が違うの。

 そういったところも可愛いのよねぇ……」


 うっとりとカトリーナを見つめるアニタさんは、相当猫が好きなんだな。

 ……そういえば、猫の毛色はみんな違うって佳菜も言ってた気がする。


 優しく横っ腹をなでていると、手足をぐっと伸ばしたカトリーナは体で弧の字を大きく描きながらお昼寝の続きを始めた。

 自由気ままな子に言いようのない疲労感が一気に溢れるが、ひとまず安心した。


「……まったく。

 カティがあれだけ心配してたのに、カトリーナはお昼寝に忙しいみたいだな」

「それもにゃんこ・・・・の可愛い魅力のひとつなんですよ。

 私も不定期で家を空けることがなければ一緒に過ごしたいと思っているんですが、中々実現できないんですよねぇ」


 とても残念そうに話すアニタさんだった。


 確かに猫は可愛いが、俺も飼ったことはない。

 そもそもうちは家と隣接した古くから続く道場を経営してるから、横開きの玄関は猫なら軽々と開けて自由に出入りするだろうからな。

 そうなるとご近所迷惑にもなりかねないし、変な病気にもかかりやすい。

 できるなら家の中でぬくぬくと育ってほしいと思う俺としては、部屋を自由に行き来しながら過ごしてもらいたいんだよな。


 佳菜の家にある猫用の小さな扉をつけてみたいし、"にゃんこハウス"やら"にゃんこタワー"やらと名称をつけてたグッズも買い揃えたいが、すべては日本に帰還してからの話になるから、ここで悩んだところで俺の願いは決して叶えられない。


 ……ともかく、まずは幸せそうに眠るカトリーナをギルドに連れて行こう。


 あれだけ心配していたんだ。

 きっとカティは喜んでくれる。


「ほら、家族のところに帰ろうな?」


 抱き寄せるも、カトリーナは嫌がらなかった。

 それどころかごろごろと喉を鳴らしながら俺の胸で眠り始めた。


「アニタさんも冒険者ギルドに来てもらえるか?

 あの子の両親がいるか心配だからその確認と、カティに紹介をしたいんだ」

「えぇ、わかりました」


 満面の笑みで応えたアニタさんだが、その視線は胸で眠るカトリーナに釘付けだった。

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