第76話 誰だって嬉しいはずだと

 もちろん依頼内容次第では例外もあると、冒険者登録をした際に聞いた。

 上質な素材を提出できなかった場合や、護衛対象に怪我をさせた場合などだ。

 本来の正当な報酬金から引かれるだけではなく、時には治療費や修理費などを請求されることもあるらしい。


 そういったリスクは、高ランクの依頼になればなるほど増える。

 その分、報酬金も跳ね上がると聞いたし、それを承知で掲示板から依頼書を剥がして提出するんだから、すべては冒険者次第だと思うが。


 当然、依頼主が提示する条件を含め、内容に同意した冒険者がしっかりと記載された依頼書通りの成果を上げるからこそ高額報酬をもらえる。

 冒険者とは自由な生き方を約束された職業ではあるが、だからといって何でもできるわけじゃないし、自由が認められているからこそ依頼内容は細かく記載されるんだろう。


 荒くれ者が多い職だからとも言えるが、こうでもしなければ押し問答になりかねない。

 依頼者と冒険者の言い争いにギルドが介入するとはいえ、冒険者登録をする際に必ず注意喚起される。

 単純な力の差が、勢いを持って強引に話を解決させることもあるとも聞いた。

 そんな非道はあってはならないし、同じ冒険者として恥ずかしい行為だと思う。


 それらを度外視しても、この件ではこれ以上の報酬をもらえなかった。


「それに、俺はカティのために"大切な家族"を見つけたかっただけで、報酬目的で動いたわけじゃないんだ。

 そうは言っても、100キュロはこの子にとって決して安くない金額だから、これすら受け取ることに抵抗はあるんだが、冒険者が依頼を受けた以上は達成時に報酬を受け取るまでが仕事になる。

 これもひとつの勉強と思って割り切ったんだよ」


 せっかくだから、これについても話しておこうと思う。

 先に釘を刺しておかないと、それくらいは返金すると言うだろうからな。


「大銀貨はギルド職員のリンネアさんに渡したものだから、返さなくていい。

 ここから結構離れた場所に住んでることくらいは、カティの服を見れば分かる。

 それだけの冒険をしてきた子を空腹のままいさせたくなくて、俺が勝手に食べさせるように伝えただけだから、これに関しても気にしないでほしい」


 ここまで言葉にすると、ようやく納得してもらえたようだ。

 すべてはカティのためを想ってのことだが、親でもない俺が口にするには問題だと言葉にするやつもいるだろう。


 たとえそうだとしても、人に教えることを認められた俺が規則を軽んじることはしたくなかった。


 もしかしたらこれが本音かもしれないが、こうして笑顔でいてくれるカティを見ただけで心が満たされるような温かい気持ちになっているんだから、それで十分じゃないかとも俺には思えた。


「……そうか……わかった。

 ハルトの優しさに、心から感謝するよ」


 言いたいことも多いだろうが、それでも俺の提案を受け入れてくれたようだ。

 母親も感謝しているのがしっかりと伝わるように、丁寧なお辞儀をしてくれた。


 報酬に関しては例外的なものもあるし、実際に受け取る冒険者も多いと思う。

 平気な顔で受け取るどころか、冒険者側からも金額を上乗せして要求されるケースもあると聞いている。

 そのための依頼書でもあると登録時に聞いたが、俺にはそれが物悲しく思えた。


 ……そうだよな。

 日本人ってのは繋がりを大切にすると聞いたことがある。

 時には利益で動かない人も多いらしいし、そういった意味で言えば俺も典型的な日本人なのかもしれないが、やはり大切にするべきものだと強く思えるんだよな。


 だから今回の依頼報酬は、金なんて無粋なものなんかじゃないんだ。


 そう思えたのは、嬉しそうに妹をなでるカティと、幸せそうに喉を鳴らしながら眠り続けるカトリーナを見ているからだ。


 俺にはふたりの姿が充分すぎる報酬だと思えてならなかった。



 *  *   



 終始笑顔を見せていたカティは、両親と3人でギルドを後にした。

 父親の手に抱かれたカトリーナは相変わらず眠り続けてた。


 なんとも自由な子だったが、また逃げられてもカティが不安に思うからな。

 あれだけ大人しい猫が逃げ出したとは考えにくい点からも推察できるが、あの子はただお気に入りの場所でお昼寝してただけなんだろう。


 思えば、両親は落ち着いていた。

 幼いカティに説明しても難しいし、"遊んでただけなのよ"と伝えた母親の言葉にすべてが集約されていたようにも思えた。


「ギルドまで来てくれてありがとう、アニタさん」

「いえいえ、カティちゃんにも会えましたし、とっても楽しかったですよ」


 内心ではギルドに独りでいるかもしれないカティが心配だったんだな。

 俺も家族の傍にいたあの子を見てホッとしたくらいだ。


「……憲兵って、いいっすよね。

 俺、やっと自分が成りたいものを見つけられた気がするっす」


 とても穏やかな声色で言葉にするマルコに、俺もアニタさんも共感した。

 憲兵隊ってのは、本来こうあるべきなのかもしれない、とまで思えた。


 もちろん、犯罪者を始めとした無法者の検挙も大切な仕事だし、町を護るという観点から見れば、そちらが主な業務で何よりも重要視しているんだろうけど、今回の一件で見せてもらえた屈託のない笑顔を向けられることは、誰だって嬉しいはずだと俺には思えてならない。


「きっと、憲兵や冒険者じゃなくてもできることなんだろうな。

 困ってる誰かに手を差し伸べる行為はそれだけでも尊いもので、そこに見返りを求めちゃいけないんだと俺は思う。

 その瞬間、"人として大切な何か"を手放してるんじゃないかな」

「……そうかもしれませんね。

 それでも私は、そういった悲しい人たちをたくさん見てきました。

 特に憲兵隊はそれがより濃く目に映ることが多いですから」

「……先輩。

 俺は、あんな笑顔を護りたくて憲兵隊に入ったのを思い出したっす。

 けど、いつの間にかそういった気持ちも忘れてたみたいっすね。

 ……なんでこんな大切なこと忘れてたんだろ、俺……。

 子供の頃からヒーローに見えてたのは冒険者の英雄や王国いちばんの騎士じゃなくて、どこにでもいそうな普通のおじさん憲兵だったのに……」


 耳に届く物悲しいマルコの言葉に、俺たちは返せずに立ち尽くしていた。


 これは、理想と現実の話に繋がるんじゃないかと思えた。

 まるで叩きつけられるように現実ばかりを見続ければ、憧れや夢も思い出せなくなったりするんだろう。

 

 きっとそれはマルコだけじゃなくて、多くの憲兵が心の内に抱えている大きな問題のひとつなのかもしれないな。

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