第286話 星の海
噴水の
思わず目を大きくしてしまうほど、俺は寂しさを感じていたんだろうな。
誰もいない世界でふたりきりだったんだ。
当然と言えばそうなのかもしれないが。
≪ 大変お待たせしました、ハルトさん、カナタさん。
ようやくすべての調整を終え、あとはおふたりを"管理世界"に転送するだけとなりました ≫
「ま、待ってくれ!
みんなはどうしたんだよ!?」
≪ お話するべきことがありますので、まずはこちらにいらしてください ≫
そう言葉にしたアリアレルア様に思うところも多い。
だが、俺たちを天上の世界に招き入れてから話すと言ってくれたんだ。
ネガティブな言い方をすれば、もうこの世界にはいられないってことにもなるんだろうな。
寂しく思いながらも小さくため息をつくと、空に吸われるような圧力を感じ、俺たちは"管理世界"へ瞬く間に辿り着いた。
……静かだな、本当に。
こういう穏やかなところが、天国と呼ばれる場所なのかもしれないな。
前方に薄水色の光が集まり、女神様が顕現された。
その晴れやかな笑顔を見ると、いたたまれない気持ちになる。
「ハルトさん、カナタさん。
まずは魔王の脅威から世界を救っていただいたこと、心から感謝します」
……とてもではないが、素直に喜べなかった。
はっきりと窺えるほど表情に出ていたんだろうな。
女神様は、これまで以上に優しい声色と美しい笑顔で言葉にした。
「いいえ、そうではないのです。
言葉通りの意味で、
色々と問題点も浮き彫りになった今回の一件ですが、この上なく良い方向へ進めたことに、私は心から嬉しく思います」
「……どういう……こと、だよ……」
目を丸くしたまま言葉に詰まる俺と違い、一条はその意味を女神様に訊ねた。
だが、アリアレルア様の言うように、言葉通りの意味で世界が救われたのだとしたら、俺たちが想定していた結果とは違った未来へと繋がったのかもしれない。
「……救えたのか、俺たちは……この世界を……」
「はい。
私が地上に降り立った影響で一度世界は崩壊寸前まで向かいましたが、世界の根幹たる
様々な角度であらゆる可能性をシミュレートしましたが、魔王を含む異世界からの侵略者に対する防壁の構築と、魂の救済プログラム改変による生命の安定化を実現できそうです」
そんなことが……いや、アリアレルア様は女神だ。
創造や先見の力など、人には到底実現できないことを可能とする高次元生命体のいち種族だと聞いた。
だとすると、本当に言葉通りの意味で世界は救われたのか……。
それどころか、生命の安定化とも言っていたことを加味すれば、結論は確定したんだと俺には思えてならなかった。
「……あー……えっと……」
「つまり、俺たちの望んだ未来になったんだ。
世界の崩壊は止まり、その原因の傷ついたコアを修復したことで、別の世界に人の命だけを転移せずに済んだって意味だ」
「……そう……なのか?」
いまいち理解してないが、すぐに分かるはずだ。
俺の推察通りの未来に向かっているのなら、俺たちがしてきた行動も報われるような気がした。
「現在は魂を含む生命を管理世界に退避させ、地上に残った闇の浄化を実行しています。
それもすぐに終わりますので、順次あるべき姿に戻す予定です」
「……あるべき姿って……やっぱ、そうなのか……」
暗い表情で答える一条だが、以前伺った女神様の言葉とは明らかに違う意味が含まれていることに気付いてないみたいだな。
「一条、違うぞ。
女神様はそんなことを言っていないし、俺たちもそんな未来は望んでない。
そうじゃない……そうじゃないんだよ」
魂だけの姿で魔王に囚われていた人たちを、一条が考えているように転生させる意味であるべき姿に戻すと言っているのであれば、管理世界に魂を招いた時点で実行していたはずだ。
それをせず保留としている状態、それも魔王討伐直後、魂を早急に転生させなければならないと言っていたかつての手段とはまるで別の救済を可能とした、という意味になる。
つまり、導き出される答えはひとつだ。
「"奇跡を体現する女神様"が間に合った、ということですね」
「はい。
とはいえ、本当に限界寸前まで世界が崩壊しかけていましたので、私も相当驚きました。
彼女の力はまだ目覚めたばかりですし、悪影響が出る可能性を考慮した上であらゆる事象と現象を想定しましたが、現在に至るまで問題もなく世界を維持できると判断しました」
……なるほど。
それで連絡するまで時間がかかったのか。
ぬか喜びをさせることにもなりかねないからな。
世界の安定が確定するまで連絡を取れなかった気持ちも理解できた。
女神様の言葉をすべて分からなくても、その端々に含まれた情報を拾った一条はようやくいつもの明るい表情を見せた。
「じゃ、じゃあ!?
みんな無事でいるのか!?」
「もちろんですよ」
満面の笑みで答えた女神様に釣られて笑顔になる一条は、期待を込めて訊ねた。
「まだ逢えるのか!?」
「はい。
その準備も進めていました」
右手をかざしたアリアレルア様は力を使い、数えきれないほど多くの光の粒子を管理世界に発現させた。
数百万、数千万どころではない無数の光の数に、俺たちは圧倒される。
だが、ひとつとして同じ色はないと、俺はなぜか確信した。
とても美しく、現実世界では決して見ることのできない幻想的な光の中で、俺はどこか星の海にたゆたっているようにも思えた。
まるで世界に祝福されたかのようだ。
そう感じたのは、気のせいじゃないんだろう。
本当に、祝福されているんだ。
世界が救われると同時に与えるとも言っていたし、それを俺たちは目の当たりにしているのかもしれない。
きっとこれから先、何十年と続くだろう俺たちの長い人生の中でも、これ以上の美しい光景を見ることは叶わないと確信した。
これは、"命の輝き"だ。
何ものにも代えられない。
代えられるはずがない。
大なり小なり大きさが違う。
人や動物に植物だけじゃなく、魔物もこの中にはいるんだろう。
命に変わりはないんだからな。
魔物だけ例外なんて、それはきっと、とても寂しい世界なんだ。
だから、この星の海を上へと向かって泳ぎ続ける光の中に魔物もいるんだ。
その中で、ひと際輝く光がいくつか空へと上がらずに止まった。
これは……。
……いや、そうなんだな。
それを確信しながら、俺の眼前にゆっくりと近寄ったふたつの光。
青紫に深紅が混ざった光と、空色に白翠が合わさった光が触れられそうなほど近くで止まった。
光が強まり、徐々に人の形が見えてくる。
その姿に、俺は思わず涙がこぼれそうになった。
「よう、ハルト」
「なんて顔してんだよ、お前は」
「……サウルさん……ヴェルナさん……」
「……おう」
「……まぁ、なんだ。
言おうとしてたこと、全部忘れちまったけどよ。
……それでもアタシはハルトのことを、心から誇りに思うよ」
ヴェルナさんの言葉に、自然と涙が零れ落ちた。
かつてこれほど嬉しいと感じた言葉があっただろうか。
そう感じるのはきっと、互いに命を預け合う仲間で、共に戦い抜いた戦友だからなんだろうな。
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