第287話 感謝に堪えません

「……アイナ……レイラ……」


 横に並ぶ一条へ視線を向ける。

 アイナさんとレイラは、とても愛おしそうに一条の頭をなでながら言葉にした。


「本当に、よく頑張りましたね」

「……カナタ、とっても凄い。

 今のカナタは、世界中の誰もが認める立派な勇者」

「……んだよ……。

 まだ……子供扱いされんのかよ……」


 ふてくされたように、一条はそっぽを向いた。

 同時に、あることを思い出したようだ。


「……そういや、他のみんなはどうしたんだ?」

「近くにいますよ」


 ふたつの光がこちらへと集まり、レフティさんとクリスティーネさんが現れた。

 思えば、ふたりが協力してくれなかったら大変なことになっていただろうな。


 続けてアーロンさんとバルブロさんが姿を見せた。

 鼻をすすった一条は、そんな彼らに向けて言葉にした。


「……お前ら……なんだよ……。

 急にいなくなんなよな……」


 ぼろぼろと涙を流す一条に、アーロンさんは笑顔で答えた。


「……ったく、お前は。

 世界を救った英雄のひとりなんだぞ。

 強気のお前はどこに行っちまったんだよ?」

「……るせぇよ……」


 短く、やや乱暴に答えたが、その言葉には嬉しさを強く感じさせた。

 本当に素直じゃないな、こいつは。


「バルブロさんも無事でよかったよ」

「かなり危なかったが、アーロンとサウルがいてくれたからな」

「こいつ、魔石を暴発させて敵を倒そうとしてよ。

 俺らが止めてなきゃ周辺が吹き飛んでたぜ」

「仕方ねぇだろ。

 俺よりも強い相手にそれくらいしなきゃ勝てねぇだろうが」

「だいたい、なんで魔石なんて隠し持ってたんだよ。

 お前、今の本職は御者だろ?」

「こんなこともあろうかとってな。

 とっておきの魔石だったんだよ」


 楽しそうに話す3人を見てるだけで嬉しくなる。

 本当に魔王を斃せて良かったと、ようやく実感できた。


「まさか、かつての英雄をけしかけられるとは、さすがに想定外だったな」


 ヴァルトさんは軽く笑って答えた。


 本当にその通りだな。

 勝てたから良かったものの、魔王による強化が施されていればどうなっていたのか、考えるのも恐ろしい。


 完全耐性持ちと対していれば、それこそ女神様以外では対処のしようがないし、もしもそこで地上へ顕現していれば、その時点で負けが確定したかもしれない。


「ま、いまさら考えても意味ねぇだろ。

 かつての英雄ってもよ、魔王に操られてたんだ。

 アタシらとは覚悟の差が明確に違うからな!」

「……その豪胆さは、今回に限って言えば羨ましく思えるな……。

 こちとらギリギリで勝てたってのによ……」


 豪快に笑うヴェルナさんに、サウルさんは呆れながら答えた。

 どうやら、サウルさんたちは相当危なかったようだ。


 それこそ"明鏡止水"を教えなければ、どうなっていたのか分からない。

 もしかしたら魔王が取る手段によっては、最悪な未来に繋がった可能性も十分考えられるんじゃないだろうかと、俺には思えてならなかった。


 背筋に冷たいものが走る。

 仮定の話は良くないが、それでもこうして笑えなかったことだってありうる。

 あんな相手とはもう二度と関わりたくない、最低最悪な敵だったな。


「ハルトさん、カナタさん。

 おふたりにどうしてもお会いしたいと希望した方がいます」


 そう言葉にしたアリアレルア様は、左手を救うように優しく上へ動すと、ふわりと舞うように揺らめく4つの光がこちらへと集まってきた。

 わずかに淡く発光したそれらは、次第に人の形へと変化した。


「……アウリスさん、ユーリアさん……。

 それにハンネスさんとカーリナさんも……」

「うむ、久しいの、ハルト殿」

「どうしてもハルト殿に直接礼が言いたくてな。

 思い半ばのような未練が女神様に伝わったのだと私は思っている」

「ハルト様、カナタ様。

 本当に世界を救っていただけただなんて、夢のようです……」

「俺は、俺たちはただ、できることを、しただけですよ」

「それでも、我らにはどうしようもなかったのだ」


 申し訳なさそうな気配が痛いほど伝わってきた。

 言葉にできないほど複雑な感情が入り乱れているのかもしれないな。



「ハルトさん、それにカナタも。

 本当にお疲れ様です」

「いえ、みなさんのご助力あってのことです。

 なんとお礼を言えばいいのやら……」


 本心から出た言葉だ。

 しかし、俺の想像とは違った答えがハンネスさんから返って来た。


「ホッホ。

 それはこちらの言葉なのじゃよ、ハルト殿。

 其方たちがいなければ、今頃はこうしていられんかった」

「随分と不思議な感覚だが、貴殿らの戦いを女神様から共有していただけてな。

 すべてを理解した上で礼を言葉にできることに、心から嬉しく思う」


 そう言葉にしたアウリスさんは片膝をつき、右手を胸に当て、瞳を伏しながら続けた。


「深く、深く感謝いたします、勇者様方。

 この世界に住まう者としても、勇者様方に関われた者としても感謝に堪えません」


 アウリスさんだけじゃない。

 ここにいる全員が同じように膝をつき、深々と頭を下げた。

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