第86話 わかる気がするよ
彼らの地力を高め、常識と戦い方を学ぶ方法。
知識としてでしか持ち合わせてないが、もしあればそれがいちばん適切だと思えるし、じっくりと時間をかける必要がある以上はこれくらいしか思い当たらない。
「この町には訓練所のような施設はあるのか?」
「あるぞ。
憲兵隊訓練の一般人参加は認められていないから預かることは難しいが、冒険者には新人育成の施設がどの町にもギルドの管理下にあるはずだ。
主に一線を退いた熟練冒険者や、現役冒険者たちが指導する場所になる。
基礎体力作りだけじゃなく、本人に合った得意武器を使いこなせるように技術を教えてくれるはずだ。
……ハルトが言いたいことも、お前たちに伝わったよな?」
横に座るアートスたちへ視線を向けると、沈みがちにも思える表情で頷いた。
このまま放置すれば十中八九、ロクなことにはならない。
最悪の場合、命を失う可能性も高いんだから、技術はしっかりと学ぶべきだ。
アートスたちも考えていたんだな。
続く彼の言葉からそれを察した。
「……わかっては……いたんだ。
俺たちが安全にディアを倒せるのは1匹までだし、それ以上と乱戦になれば大きな怪我をするかもしれないからな」
生死をかける以上、魔物も必死なんだ。
そういった生存本能があるからこそ、威圧で逃げ出すやつもいる。
逆に言えば自身の命がかかっているんだから、こちらを摘み取りに襲ってくる。
これは生物である以上、当然の行動と言えるだろう。
「新人育成施設と指導教官については、冒険者ギルドの受付で聞いてみるといい。
誰もが通る道とは言わないし、学ぶことを強制したりもしない。
そこに憧れるからこそ、人気職と言われているんだろう。
自由に魅入られたからこそ、アートスたちも冒険者を目指しただろう。
だからこそ武術にも真摯に向き合ってほしいと、俺には思えてならないんだ。
「1週間やそこら学んだ程度で手にできるほどの劇的な変化は得られない。
……だがな、まともに鍛錬を積んだ者とそうじゃない者の差は明確に出る。
それこそ生死を分かつのは確実だと断言できるほどにな。
どうするのかはお前たちの自由だ。
冒険者ってのは、そうあるべきだと思うからな」
"そういったところに、俺は憧れを抱くよ"。
そうヴィレンさんは続けて話した。
その吸い込まれそうにも思えるほどの瞳は、ここではないどこか遠くを見つめたもので、彼自身も憲兵でなければ違った人生が送れていたんだろうと考えさせられる深みを帯びた色に見えた。
自由ってのは言うほど単純でも、軽々しく掲げるものでもないと俺は思う。
冒険者がそれを約束されたからといって、自由に振る舞うことは間違いだし、何でもできると考えるのは馬鹿のする発想だ。
そういうものじゃない。
断じて違うとすら、俺には思えてならなかった。
その言葉はとても重く、何よりも尊いものだと感じる人もいるかもしれない。
だからこそ多くの人、特にアートスのような若者が目指そうとするんだろうな。
でも実際は、単純な手続きで登録が済む。
その時点で自由に依頼を受け、すぐにでも冒険に出られる。
それは悪いことじゃない。
憧れていればいるほど、冒険に出たいと思う人も多いと思う。
ギルドもその行動を制限したりもしなければ、注意することもない。
すべては"自由"あってのことで、そうあることを約束されているからだ。
……いや、そこに違和感を覚えた。
恐らくは"俺になくて彼らにあるもの"があったんじゃないだろうか。
本来であればそうあるべきだし、そうでなければならないとも思えた。
だから俺は彼らに訊ねた。
俺の中では確信に至った推察ではあったが、そうじゃないのかと曖昧な聞き方をした。
「……冒険者ギルドに登録した時、その制度もあると聞いたんじゃないか?
それでもアートスたちは、冒険に出ることを優先したんじゃないのか?」
「……」
……そうだよな。
答え難いよな。
その気持ち、わかる気がするよ。
俺も創作物の中とはいえ、"冒険者"ってのに少なからず憧れたからな。
長閑な村から出て憧れの職に就けば、誰だって同じことをするかもしれない。
わかる気がするよ。
だから、俺はその気持ちまで否定するつもりはないんだ。
ただ、もう少しだけ慎重に行動してほしいと思えたんだよ。
「……命は……。
……ひとつしか、ないからな……」
呟くように発したアートスの言葉が、憲兵詰め所内へ静かに響いた。
それを言葉にできたんだ。
何が足りないのかも、どうするべきなのかも理解してもらえたはずだよな?
ここで意固地になられたら、俺にはもう何もできない。
そういった意味でも約束された自由を侵害する権利なんて世界中の誰にもできないし、してはいけないからな。
……それでも。
良くも悪くも真っすぐなアートスたちなら、もう大丈夫だろう。
それをこの瞬間に理解できたことが、俺はとても嬉しかった。
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