第137話 答えの出ない疑問
大切なのは、なぜ勇者が手紙の配達をしているのか、だ。
そして冒険者ギルドマスターに王国側から何らかの話が伝わっている点や、次々と伝えられるように手紙を送り届ける依頼を受け続けていることだな。
そもそもギルドマスターとは、町の中枢とも言える機関のひとつを預かる長で、そこに話を通すこと自体が異例と言えるんじゃないだろうか。
特にラウヴォラ王国の騎士団長が直接出した手紙。
そこに違和感を覚えるのは極々自然なことだ。
すべての町に手紙が送られていない点はもちろん気になるが、それ以前に異常なことにも思える一条が受けた配達依頼に首を傾げないほうがどうかしてる。
可能性として考えるのは、クーデターだろうか?
……いや、勇者を使って実行するには目立ちすぎる。
その線はないと考えたいところだが、そうは思わせない王と大臣がいるからな。
なまじ笑えない事態が現在も進行中と見たほうがいいのか、それとも俺の杞憂にすぎないのかは判断が付かない。
当然のように、一条たちも手紙の内容は知らないと話した。
"俺が中身を見るようなやつに見えんのかよ"。
一条には強めに言われたが、さすがにそうは思っていない。
しかし、何かが起き始めているのではと感じる気持ちも拭い去れなかった。
仮にクーデターでも起ころうものなら、王都どころではなくラウヴォラ王国全体が揺るぎかねない影響を国内全域に与える結果となるのは目に見えている。
国の治安は乱れに乱れ、荒くれ者以上の悪党も大きく動き出すだろう。
そうなれば、結局苦しむのは戦うことのできない国民だ。
それこそ大のために小を犠牲にする"確固たる意志"がなければ実行できない。
……もし勇者を使ってのクーデターなら手紙を届ける任務を与え、王都から離した上でアイナさんとレイラのふたりに鍛えてもらい、気が熟した頃合いで決起。
勇者を帰還させることで士気を高め、王国の中枢を一気に制圧する。
人格者であるレフティが率いれば、多くの騎士が彼女に付くのは間違いない。
勇者は信頼できる仲間たちと"王国に蔓延る闇"を打ち払い、堂々と王都へ凱旋。
その結果は目に見えている。
国民の多くに支持される"英雄"の誕生だ。
こいつの性格上、何も考えずに国民へ手を振っている姿が容易に想像できた。
……だが、そこまでのことを人格者と言われる彼女がするのか?
騎士団とは別の護衛を抱えていそうな王から無血開城なんて現実的に不可能だ。
姿を思い出せる程度しか彼女を知らない俺に判断が付けられるものでもないが、人格者と呼ばれた人物が犠牲者を出してでも王を打ち取ろうと決心するだろうか。
答えの出ない疑問ではある。
だが少なくとも、そういった人物ではないと信じたい俺がいる。
そんなことは何の根拠にもならないし、彼女を知った気でいるのは危険だ。
だとしても、クーデターの線はないように思えた。
なら、何か他に意図があるのか?
トルサ、ハールス、メッツァラ、パルム、ヴァレニウスに関連した何かが。
それとも別の思惑が今も――
「――難しい顔してんな、鳴宮」
「……一条にも伝わるほど考え込んでいたか」
「その言い方は気になるし、俺には何もできないかもしれねぇけどよ。
俺にも手伝えることだって、何かあるんじゃねぇか?」
思いがけない一言だった。
同時に、随分と変わったじゃないかと少し俺は嬉しさを感じていた。
「いや、大丈夫だ。
気持ちだけ受け取っておくよ」
「そうか?
まぁ、俺にできることなんて、あんまないと思うけどな!」
「ちげぇねぇな!
でもお前、仲間想いのいいやつじゃねぇか!
なんかデザートも奢ってやるよ!」
「おう!
ありがとよ!」
「随分とカナタを気に入ったんだな。
ヴェルナにゃ珍しいじゃねぇか」
少し呆れたような口調でサウルさんは言葉にした。
言いたくなるのも分かるし、ヴェルナさんの気持ちも理解できるが、それよりも一条は俺とは違って大人の女性に好まれる傾向が強いことに驚きを隠せなかった。
無自覚で女性に好かれる才能でもあるんだろうか。
俺はそんなことを、何とはなしに思っていた。
「いやー、アタシも最初は"なんだこいつ"って思ったんだけどよ。
話してみると中々骨のある男みたいだからな!」
「……その気持ち、よく分かる。
カナタには何か不思議な魅力、感じるから」
「第一印象は良くなくても、中身を知ると妙に納得してしまうんですよね」
しみじみと答えるふたりにも驚きだが、いちばんはヴェルナさんだな。
彼女からすると、一条は毛嫌いされかねない類の男だと思っていた。
「まぁ、仲良くなれたのは良かったよ」
「……俺は複雑な気持ちだぞ、鳴宮。
……第一印象、悪かったのか……」
本気でへこむこいつは、どうやら本当に自覚がなかったようだ。
軽薄にも受け取られかねない行動を王城内で続けていたと俺の中では記憶されてるんだが、それに関してこいつの頭は別の認識をしてたみたいだな。
一条は美味そうなデザートが運ばれてくるまで、項垂れるようにしょんぼりとしていた。
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