第136話 そこじゃないんだよ

 ティーケリ討伐の一報を受けた翌日、レフティから新たな依頼を受けた一条たちは、その日のうちに王都を後にしたようだ。


「専用馬車での旅になったんだけどよ、本当なら乗合馬車を借りないと移動しないのが一般的だって聞いて、そういったところも特別扱いされてたんだろうな」


 詳しく聞いてみると、あくまでも騎士団が使っている馬車を借りる形での旅だとアイナさんは話した。

 こうでもしなければ時間をかけることになりかねないのが乗合馬車だ。

 俺も毎回のように出発日時を調整していたから、理解してるつもりだった。


 不便に思ったことはないが、せっかちな一条からすれば早く旅に出たいってところだろうか。

 アイナさんとレイラのふたりの苦労が目に見える気がした。


 その後ハールスに到着すると、彼らはハンネスさんと面会したらしい。


「ハールスの冒険者ギルドマスターに王都からの手紙を直接届けるっつう、内容らしい内容もない"お使い"なんだけどよ。

 結構移動距離もあったから、鳴宮との再戦に向けてふたりに訓練してもらいながら3人で旅をしたんだよな」


 どうやら御者はふたりが交代で担当したようだ。

 訓練付きの気ままな馬車の旅は一条にとっても楽しめたみたいで、終始笑顔を崩すことなく話していた。


「……カナタ、あれからあたしたちの言うことを少しだけ聞いてくれる。

 訓練も真面目に受けてくれたし、成長してるのが手に取るようにわかった。

 とってもいい子になりつつある」

「また子供扱いかよ!」

「……子供扱い、違う。

 いい子いい子」

「ぐぬぬっ」


 頭を優しくなで続けられる一条はかなり不服そうだが、その扱われ方もこいつの性格じゃ仕方がないだろう。

 こういったところが、大人の女性を惹き付けるのかもしれないな。


「トルサでハルトさんに負けたのが、よほど悔しかったのでしょうね。

 出逢った頃とはまるで別人のようでしたから、初めは私もレイラも戸惑いを隠せませんでしたよ」

「ま、結局鳴宮には手も足も出なかったけどな!」


 平原での一件が、随分とこいつの中で好転してるみたいだ。

 清々しさを感じさせる一条の笑い方に、憑き物が落ちたような印象を受けた。


 人は恨みや妬みなどの悪感情から、極端に力を引き出せる場合がある。

 だがそんなもの、俺から言わせれば邪道以外の何ものでもない。

 同時にその力は"ある一定の強さ"に到達すると確実に伸びなくなると言われる。


 その領域にすらいない俺たちに一条が敵うはずもなく、当然の結果となったが、たとえそうだとしてもこいつが持つ"勇者の心"とも言えるような正しい心構えと、真面目に研鑽を積み続けられる強い意志があれば、負の感情を爆発させた邪道の力で襲い掛かる凶悪な存在だろうと"技"でねじ伏せられるようになるはずだ。


 勇者として与えられた力ではなく、正当な武術の技でそれを可能とするだろう。


 その時、涼しい顔で言葉にできるようになる。

 "そんな力を使うやつに負けるわけがないだろう"、と。


 ここまでの高みに到達できれば、まったく違った視点で世界を見られるはずだ。

 お前なら、いや、一条だからこそ俺と同じ目線で立ってほしいと強く思えた。



 彼らはハールスから南西のメッツァラに向かい、しばらく滞在した後にパルム、ヴァレニウスと旅を続けたようだ。


 時期を考えると、俺たちがパルムを出た翌日に到着したみたいだな。

 入れ違っていなければ、再会と再戦はもっと早くなっていた。


 パルム冒険者ギルドマスターのマルガレータさんは、当時の一条をどう思ったんだろうか。

 一気に興味が醒めるような気持ちになったのか。


 気になるところだが、今のこいつになら違う印象を抱くだろうな。


 メッツァラには気になることもあるが、彼らはその一件を知らないと話した。

 それも当然かと思える話を一条から聞けた。


「……なんか、思ってた勇者の冒険と違うんだよな。

 ギルドで魔物討伐を受けるわけでもなく、ひたすら手紙の配達だからな」


 俺とは違い、想像していた冒険者を強く意識できるような依頼を一度も受けたことがないらしい一条は、どこか寂しそうに"俺、何しに来たんだろうな"と呟いた。


 魔王を倒すんだろ、とは言葉にできなかった。


 そういった意味じゃないからな。

 茶化すような雰囲気でもない。


 子供の頃から憧れ続けた勇者。

 人々を助け、いずれは世界を救う英雄。


 きっと少年であれば誰もが一度は抱いたはずの"憧れの存在"になれたのに、まるで物語の序盤をすっ飛ばして読んでいるような気持ちになっているんだろうな。


 そう思ってしまうのも仕方がない。

 冒険者も一条が抱く憧れの職業だったんだろう。

 なら、ギルドに行って掲示板に貼られた依頼を達成する、冒険者にとっての日常を体験したいと思うのも良く分かる。


 俺もそうだったからな。

 ギルドに入った瞬間、そこにかつて憧れていた情景が見えた気がした。

 中世ヨーロッパを体感できる場所はあれど、実際の中世に行けるはずもない。

 ゲームやアニメ、小説で描かれた空想上の世界へ自分の足で降り立ってるのにお使いしかしてないんじゃ、そう感じるのも当然かもしれないな。



 だが、俺はまったく別のことを考えていた。


 ギルドマスターに手紙を送ることそのものは重要な依頼であって、信頼の置ける人物以外には任せられない仕事だ。

 当然、それだけ信頼されていたことも間違いではないが、今回の場合、その対象となっているのは一条ではなくアイナさんとレイラのふたりだろう。


 王国騎士団の元副団長と魔術師団の次席だからな。

 たとえ離職したとしても"信頼性"は変わらない。

 それだけのものを彼女たちは長年積み重ねてきた。


 しかし、残念がる一条は気付かない。

 俺がその話から感じ取ったのはそこじゃない。


 そこじゃないんだよ。

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