第24話 ありがたく思えよ

 昼食を軽く取って1時間くらいが経過した頃だろうか。

 草原で採取を続けていると、4人の気配がこちらへ歩いてくるのを背中越しに感じた。


 そのうちのひとりだけ覚えがある。

 先日ギルドで揉めた"セクハラ男"が混ざっているようだな。

 あんな下衆でもチームリーダーなのか、わずかに先頭を歩く姿は滑稽そのものにしか思えない。


「わざわざ草原まで来るなんて、ご苦労なことだ」


 ……剣士2、弓士1、魔術師1のチームか。

 どいつもこいつも、冒険者より小悪党が似合ってる気配を垂れ流していた。


 射程圏内にこちらを捉えると、連中の気配が変わった。

 背中から強く感じる明確な悪意に、驚きを隠せない。

 だが残念なことに、どうやら愚か者どものようだ。


 休憩をする素振りをしながら様子をみると、冒険者のひとりが矢をつがえた。


 ……本物の馬鹿どもか。

 ここまで浅はかだと失笑すら起きない。

 いくらなんでも、生意気な小僧相手に殺意を向けるなんてな。

 これじゃ野盗と何も変わらないじゃないか。


 背中から殺意を感じた瞬間、俺は場所を移動するように横へずれる。

 先ほどいた地面へ木製の矢が鋭く突き刺さった。


「――馬鹿が。

 この距離を外しやがって」


 小声ではあるが俺の耳にもしっかりと届いた。

 新人と分かった上で背後から遠距離での奇襲か。

 この世界にいる冒険者の底辺と遭遇したようだな。


 元冒険者どもに視線をゆっくりと向ける。

 怒りの色が瞳に現れていたのか、俺の目を見た連中はビクリと体を硬直させた。


「一応、理由を聞いてやる。

 何のつもりだ、お前ら」

「……へっ。

 悪いな、小僧。

 ウサギをよ、狙っただけだ。

 今晩のメシが逃げちまったよ」


 言い訳にもならないことをヘラヘラとしながら話す姿に、苛立ちを強く覚える。


 ……これが"冒険者"?

 想像とかけ離れすぎている。

 俺が夢を見ていただけで、現実はこれなのか?


 本当に、つまらない連中だ。


「明確なギルド協定違反だ。

 直ちに憲兵詰め所まで同行しろ。

 従わなければ武力で拘束する」

「――ぶはっ!?

 こいつ、なに言ってやがる!?」

「誰にモノを言ってんだ、クソガキ!」

「ウサギ狙っただけで協定違反だと!?

 馬鹿だぞ、このガキ!」

「いやこいつ、完全に頭沸いてんぞ!?」


 ゲラゲラと笑い出すクズどもに、それでも冷静に言葉をかけた。


「お前らの意見など聞いていない。

 憲兵詰め所まで同行しろと命令している・・・・・・


 俺の警告に空気が変わった。

 こんな言葉で理解する脳があれば、初めから人に向けて矢をつがえたりしない。

 苦しすぎる言い訳にすらならない暴挙に出たこいつらの言い分など、意味もなければ聞く必要もまったくない。


「……まだ現状が理解できていない阿呆にも分かりやすく教えてやる。

 明確な殺意を向けられて黙っていられるほど、俺はお人よしじゃない。

 全員、直ちに憲兵詰め所へ同行しろ。

 さもなければ武力で制圧する。

 これは最終勧告だ」


 威圧を軽く込めて話すが、それも無駄なことだ。

 敵対行動の中でも"殺意"を込めて矢を放ったんだ。

 引くに引けない状況の連中が取れる行動はひとつだった。


 報告される前に俺を消す。

 その程度の知性しか持ち合わせない相手に話し合いなど本来は無意味だが、それでもこちらは警告をした上で取り押さえる必要がある。


 面倒な話ではあるが、これをしないで制圧すれば秩序そのものを否定することになるからな。


「熟練冒険者4人に新人のクソガキが勝てると思うな!!

 バラして埋めりゃ、魔物に襲われたとギルドは判断するだろうよ!!」

「冒険者を背後から襲った野盗ども・・・・が、偉そうな口を利くんじゃねぇよ」


 その言葉に怒りを爆発させながら同時に襲い掛かる剣士ふたり。

 だが、剣術もまともに習っていない力任せの攻撃に当たるわけがない。

 迫る2本の剣の隙間を縫うように避け、左に立つ野盗Aのみぞおちに左こぶしを深く入れた。


 ブサイクな間抜けヅラで体を大きく曲げる男のこめかみへ、全身を回転させながら遠心力を込めた右手の甲で追撃する。

 その勢いをつけたまま、剣を持っている野盗Bに右かかとを顎下へ叩き込んだ。


 吹き飛ばした野盗どもを一瞥もせず、言葉にした。


「これでも殺さないように手加減してやってるんだ。

 俺の優しさにありがたく思えよ、野盗ども」

「――くッ!!」


 野盗Bの持っていた剣が地面に突き刺さるのと同時に、弓をつがえた野盗Cがこちらに矢を放つ。

 鋭い速度で迫る矢を拳で払いのけ・・・・・・、つまらなそうな表情に変えながら野盗Cへ訊ねた。


「まさか、木の枝を・・・・放り投げた程度で・・・・・・・・俺を殺せるとか、そんな甘い幻想を抱いてるわけじゃないよな?」


 野盗Cの表情が驚愕から恐怖に変わる直前、一気に距離を詰めて額へ右ストレートを当てた。

 体が縦回転し、地面に落下した男の腹を強烈に踏みつけながら、残された野盗Dへ冷徹な威圧を込めて提言した。


「良く狙え。

 お友達に当てるのは野盗でも嫌だろう?」

「――ひっ!」


 杖を前に出し、魔力を込めているんだろう。

 ガラ空きの太ももへ落ちてる石を投げつけた。


 痛みに気付いた男は確認するが、そいつは悪手だ。

 瞬時に正面を向くが、俺はもうそこにはいない。

 野盗の背後から心臓に向けて、強烈な掌底を打ち込む。


「――がッ!」


 巧く呼吸困難になったようだな。

 初めて試したが、悪党相手には使えそうだ。

 倒れ込むことを赦さず、後頭部へ右足を振り下ろすように回し当て、地面に叩きつけた。



 しんと静まり返る草原に穏やかな風が吹き、可愛らしい小鳥の声が耳に届く。

 転がる野盗4人を一瞥することもなく採取用の籠を拾い上げ、背負った。


「……さて、4人も連れ帰るのは面倒だな。

 捕縛用の道具もないし、このまま引きずるか……」


 次からロープくらいは持っておくべきかもしれないな。

 そんなどうでもいいことを考えつつ、浅はかな行動に出た馬鹿どもの襟を両手にふたつずつ掴み、ずるずると引きずりながら町を目指した。

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