第23話 教育しましょうか

 背後に立つひとりの中年冒険者に視線を向けながら、俺はいつもと同じ声色に抑えながら冷静に訊ねた。


「どういう意味だ?

 日当2万キュロは少ないのか?」

「あぁ、少ないね。

 森の魔物を狩りゃ、最低でもその4倍になる。

 採集依頼なんてのは魔物を狩れないガキの"お使い"だ」


 ……随分と煽ってくるんだな。

 人を小馬鹿にするような目つきも気に入らないが、それよりもこの男は自分が何を言ったのか、本当に理解した上で言葉にしたのか?


 こんなやつばかりじゃないと思いたいが、初日にここで揉めてるくらいだ。

 こういった浅はかな思考しかできない連中も多いんだろうな、冒険者ってのは。


「ラウノさん・・

 薬草採集依頼は、町に住まう人たちのために必要不可欠で大切なお仕事です。

 あなたが使うポーションの材料もほぼすべて、依頼を受けた冒険者が持ってきてくれた薬草であることは十分理解していますよね?

 差別的発言は控えるよう先日も申しましたが、まったくご理解いただけないようで非常に残念です」


 ユーリアさんから相当の怒りを感じた。

 これほどまで感情を剝き出しにした彼女を俺は見たことがないが、どうやらこの男は俺が思っている以上の厄介者のようだ。


 理解できない自論を講釈する中年の男にイラつくが、それでも彼女が理性的に対応してる現状での行動はあまりに短絡的だ。

 今回はなるべく手を出さないようにしよう。


「差別じゃねぇ、こいつは区別だ。

 人にゃできることとできないことがある。

 この坊主がへなちょこで、魔物を狩れないお子様でも俺は差別したりしねぇよ。

 ただ冒険者名乗ってる以上、最低限度の仕事についてもらわねぇと舐められるんだよ」


 ……あぁ、なんか最近、どこかで聞いたことのあるセリフだ。

 既視感が半端ないが、あまり深く追求するとまた揉めることになるからな。


 悪びれもせずに独自の価値観を垂れ流す精神力は驚嘆に値するが、思慮に欠けた発言は自身の価値を大きく下げることをどうやら知らないようだ。


 この男の言う"最低限度の依頼"が森の魔物を討伐することなのかはさておき、こういった連中に正論を言ったところで返ってくるのは屁理屈だ。

 だとしても、先ほどから彼女へ向けられた視線には一言伝えておく必要がありそうだな。


「いい加減、気色の悪い下卑た視線を女性に向けるな。

 強い嫌悪感を抱かれてることに気付かないのか?」

「……あ?

 今、なんつった、クソガキ……」


 ゲスな気配から悪感情へと変化する。

 だが、どうやらその程度の男みたいだ。

 威圧にすらならない睨みでは何の感慨もない。


 腕を伸ばして俺の胸倉を掴みかけた直前、階段のほうから場の空気を変えるほどの鋭い声が耳に届いた。


「その辺にしておけ」

「……ジジイ……」

「小さな町とはいえ、これでもギルドを預かる身だ。

 今の発言は聞かなかったことにしてやる。

 今日のところは帰れ」

「……ケッ!

 ツラ、覚えたぞ、クソガキ」


 悪態をつきながらギルドを去る男に俺は内心、安堵していた。


「すまんな、ハルト殿。

 所属冒険者が迷惑をかけた」

「かまいません。

 こちらこそ助かりました」


 正直、ぶっ飛ばしたほうが今後関わってこないだろうと思っていた。

 ああいった連中には実力でねじ伏せたほうが、何かと楽な場合が多い。

 ついでに威圧で説得・・すれば、もう二度と会うこともなかっただろう。


 あの輩を軽くあしらえたのを理解しているんだな。

 小さく笑いながらアウリスさんは答えた。


「ラウノ程度の小者では、ハルト殿の相手にすらならんよ。

 問題は、実力差すら理解できぬ若輩者がこのギルドには多いことだ。

 こればかりはどうしようもないことだが、それでも馬鹿者はいつまで経ってもいなくならないのが世の常だ。

 ……情けない限りだな、本当に……」


 深くため息をつく彼の様子から、ギルドマスターの受け持つ仕事の大変さが、ほんの一部でも分かったような気がした。

 

 アウリスさんの苦労を考えていると、ユーリアさんからお礼を言われた。


「ハルト様。

 助けていただき、ありがとうございます。

 いつもああいった視線を向けてくるので注意しているのですが、"そんな目はしていない、被害妄想だ"と言われ、ほとほと困っていたのですよ……」

「礼を言われるようなことじゃない。

 俺自身が生理的に受け付けなかっただけだ。

 ……ゲス1匹程度、教育・・しましょうか?」


 苛立ちを抑えずにアウリスさんへ願い出るような言い方で提案をした。

 半分は冗談だが、このままあの男を放置してもロクなことがない。


 しかし、彼もまた冒険者ギルドを統括する者だ。

 諭すような声色で冷静に言葉にした。


「こちらから手を出すと、それはそれで問題になる。

 どうか控えてもらえると助かる。

 悪いが、ユーリアも堪えてもらえるか?」

「はい、大丈夫です。

 私は我慢できますので」


 彼女は笑顔で答えた。

 だが、我慢しなければならないこと自体が問題だ。

 それをしっかりと理解している彼は、続けて答えた。


「向こうから手を出してきた場合はハルト殿に任せる。

 限度を超えない程度でボコって・・・・かまわない」

「了解です。

 どの道あの様子じゃ、その可能性も高いでしょう。

 あの先輩・・には、適当に稽古をつけてもらいますよ」


 苛立ちが表情に溢れていたんだろう。

 釘を刺すようにアウリスさんは一言加えた。


「……程々にな」

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